ベストアルバム『No Damage』(83)でそれまでの活動に一区切り付けた佐野元春はNYへ飛び…と知った被って書いているが、佐野の熱心なリスナーではない俺はそういう動向などリアルタイムでは全く知らなかった。ともかくNYに一年近く滞在し、その間に知り合った当地のミュージシャンとセッションを重ねてレコーディング…というスタイルは異例。既に海外レコーディング自体は日本の音楽業界では珍しくもなくなっていたが、当地に居を構えながらレコーディング…というのは他に例を見ない物ではあった(今はNYとかロスとかに、普通に日本のミュージシャンが住んでいるが)。

 そんな過程を経て完成したのが、佐野元春のオリジナルアルバムとしては4枚目に当る『VISTORS』であった。ほぼ佐野の自主制作みたいな形でレコーディングされたアルバムである。

 

 アナログA面1曲目『COMPLICATION SHAKEDOWN』は、生演奏が奏でるバックトラックに乗って、佐野の米国暮らしの実感をはっきりとしたラップスタイルで叩き込んだ衝撃的な楽曲。リリックには「自殺」「ドラック」など普通のスタイルで唄ったら放送禁止になりそうなワードが並ぶが、それでもちゃんとアルバムからシングル曲としてカットされている。さすがにチャート下位で終わったが。

 

 2曲目『TONIGHT』は本アルバムからの最初のシングル・カット曲。これはそれまでの佐野の楽曲に通じる、ノリが良くかつ端整なビートを強調しており、シングル曲だと意識して作曲したのかも。これもNYの街の心象風景を織り込みながらも、出口を求めて右往左往するカップルの行方をイメージした詞。だが小ヒットレベルに終わった。

 

 3曲目『WILD ON THE STREET』では「俺を壊してくれ バラバラになるまで」と一種破壊願望とも言える崖っぷちな気持ちをテーマにしている。そういう風にまで駆られる何かを佐野は目撃、或いは体験したのか? パーカッションのソロから始まりホーン・セクションも&女性コーラスも配されたR&B風味なファンクサウンドをバックに佐野はラップする、かなりハード感覚な曲で、シングル『COMPLICATION SHAKEDOWN』のB面曲になった。

 A面最後の曲『SUNDAY MORNING BLUE』は、ジョン・レノンの事を唄った曲らしい。冬ざれた日にふとジョン・レノンが不在のNYにどうしようもない空虚感を抱いた…という事か。「世界はこのまま何も変わらない 君がいなければ」かどうかは判らないけど、誰が消えてなくなると世界は無情にも動いていく。エレピで奏でられる美しいメロディーが心に残る。本アルバムから3枚目のシングル・カット曲『VISITORS』のB面曲に。

 

 アナログB面1曲目『VISITORS』は、米国人にとって自分はあくまで「訪問者」でしかないという、異国位でのアイディンティティを歌詞に塗り込めた詞。そんな孤独感に苦しめられながら「自分シングルはストレンジャー クロスワードパズル解いて一夜を過ごす」って何か切ないね。これもラップスタイル風の歌唱で、リリックを明瞭に発音し歌う佐野のヴォーカルが印象的。本アルバムからの3枚目のシングルとしても発売された。

 2曲目『SHAMEー君を汚したのは誰』はかなりストレートに、人々の裡に潜むエゴイズムに怒り、その犠牲になってしまう弱者にシンパシーを寄せる。ピアノを主軸にしたアレンジは静寂さを感じさせるが、それ故に怒りのボルテージの強さが存在するのだ。

 3曲目『COME SHINING』の、他民族が住むNYという街を哀感こめて綴った詞にはかなり劇的な物があり、ドラッグへの傾倒が裏テーマになっているのも特徴。マリンバを使用した一種摩訶不思議なアレンジが面白い。この曲もラップスタイルで唄われている。

 

 アルバム最後の曲『NEW AGE』は本アルバムから最後にシングル・カットされた曲。タイトル通り新しい世代にも向けて音楽を発信していこうという、佐野自身の想いを多分に含んだメッセージソング。これも多分にラップ的な唱法になっているが、この曲の力強いヴォーカルはカテゴリーを越えて「佐野元春」を打ち出していると考えていいと思う。

 

 

 前述した様にリアルタイムでこのアルバムを聴いた訳ではないので、半数ぐらいの曲に感じるラップ、ヒップホップからの影響を耳にして当時のリスナーはどう思ったかについては、安直に代弁できない部分はある。でも俺は同じ時期にピーター・バラカンがMCやってたTVの音楽番組で、ターンテーブルプレイの元祖とも言われる「グランドマスターフラッシュ」を知って衝撃的な感銘を受けた事もあったし、案外リアルタイムで聴いてもそこまで驚かなかったのでは…と思ったりもする。

 個人的には「異邦人」である事を意識した書かれた歌詞(リリック)の方にも強く惹かれる。まくし立てる様なスタイルのラップが容易に聴き取りにくい事を逆利用し、過激なワードを差し入れてみたり、サウンド面のみならず歌詞面でも本アルバムの佐野元春は「攻め」の姿勢を取ったと言える。

 結果的にセールス的には本アルバムは成功したけど、全8曲収録で4曲もシングルを切るのは普通にやり過ぎだと思う(笑)。シングル的には売上が正直パッとしなかったので、意地になって出し続けたのか? 何れにしろ佐野元春の冒険的な音楽の旅は、本アルバムのみで終わりを告げたのであった…。