シカゴ産の黒人音楽と言えば直ぐに連想するのが「シカゴ・ブルース」。仕事を求めて第一次世界大戦前夜から第二次世界大戦終戦直後にかけて、ミシシッピ州などから大量の黒人がシカゴに移り住んだ事によってシカゴ・ブルースが生れた…というのは有名な話だ。

 だが本書ではシカゴ・ブルース関連の話は殆ど出てこない。あくまで「シカゴ・ソウル」限定…となると当然浮上してくるのはコーラスグループ『インプレッションズ』であり、その核メンバーであったカーティス・メイフィールドだろう。本書はインプレッションズの発表した楽曲を意識しつつ多くのミュージシャンや音楽関係者にインタビューを敢行、シカゴにおいての黒人音楽の興隆の過程を社会的、かつビジネス面とも照らし合わせながら考察した、一種の研究書である。

 イリノイ州シカゴは黒人層の移住によって、一時はシカゴ全人口の3割が黒人という状態にもなった。当然それを白人層が快いと思う訳などなく、黒人の殆どはサウスサイドという貧困地区に居住し生活する事に。その中から音楽を志す若者が現れ、シカゴにはそれを受け入れるべく幾多の黒人向けマイナー・レーベルも誕生。シカゴ・ブルースの発展に大きく貢献した『チェス・レコード』の経営者は白人だったが、1953年に設立された『ヴィージェイ』は黒人が経営。ブルース歌手のジミー・リードをデビューさせた事でも有名だが『ザ・ビートルズ』全米進出の際、最初はヴィージェイからレコードが発売されており、黒人音楽に限定してセールスしていた訳ではない。

 そんな中でシカゴの音楽シーンに登場したのがカーティス・メイフィールドとジェリー・バトラーを擁するインプレッションズで、ジェリー・バトラーが独立した後のインプレッションズはカーティスが中心となり60年代全般にかけて次々とヒット曲を連発、R&Bチャートのみならず全米チャートも賑わす事になる。

 その時期に全米各地で公民権運動が巻き起こり、当然シカゴもその渦中となる。カーティスが作ったインプレッションズのヒット曲の多くは、その公民権運動を背景に書かれた物で、シカゴのソウルシーンは黒人差別撤廃や解放運動との関り抜きに語れない…と本書は繰り返し指摘。ルーサー・キング牧師の非暴力差別抵抗活動に共鳴し集会などで唄ったミュージシャンが多くいる一方、キング牧師と対極にある暴力革命を指標とするブラックパンサー党を支持するミュージシャンも結構いたらしい。そういう動きに合わせて黒人向けのラジオ局やTV局、コンサートホールも誕生。シカゴ・ソウルムーブメントは60年代末に最大の盛り上がりを見せる。

 ただ同じ様に黒人音楽を生み出した『モータウン』のデトロイトやメンフイスとシカゴの決定的な違いは、シカゴではジャズや白人の音楽、はたまたクラシックまで他の音楽ジャンルとの融合が早い時期から行われていた事。一部のミュージシャンはインタビューで『レッド・ツェッペリン』なども普通に聴いていたと告白。その結果それまでの黒人音楽界にはいなかったニュータイプのミュージシャンが、シカゴの音楽シーンから登場してくる。

 俺みたいなシカゴ・ソウルに精通していない読み手にとっては、やはり「意外な大物」がシカゴ・ソウルシーンに関わっていた事に驚く。ソウルシンガー寄りのリリースをしていた活動末期のチェス・レコードのセッションマンだったモーリス・ホワイト(『アース、ウインド&ファイアー』のボス)、シカゴ生まれでソロ歌手になる前はアレンジャーとして数多くのレコーディングを経験したダニー・ハサウェイ、同じくシカゴ育ち、そのハイト―ンヴォカールで一世風靡したミリー・リパートン、白黒混合バンド『ルーファス』のヴォーカリストとしてデビューしたチャカ・カーン。彼らは従来のソウル色からはみ出した音楽を演って成功した。そしてあの『ジャクソン5』もレコードデビュー前にシカゴのソウルシーンとはんの少しだけ関わりを持っている。その影響を顕す様にマイケル・ジャクソンの大ヒットアルバム『オフ・ザ・ウォール』(79)のレコーディングには、アレンジャーでシカゴのミュージシャンや音楽技術者が参加。

 更に71年にシカゴのTV放送局のダンスミュージック番組として始まった『ソウル・トレイン』は、やがて全米ネットで放映されるビッグ・コンテンツに定着。クラブミュージックとして定着した「ハウス」も、元々はシカゴのゲイクラブでDJがソウル・ミュージックをかけていたのが起源とされるというから、シカゴからの音楽発信は80年代以降も継続していた事になる。

 

 前述した様に本書は研究本的な様子が強く、シカゴ・ソウルの音楽性のみならず、その経済効果や黒人産業としての目線でシカゴ・ソウルを捉える社会学的な視点を帯びた部分もあり、単なるソウルミュージック好きの人には決してとっつき易い内容ではない。それでも一般的な知名度には関わらず登場する膨大なミュージシャンの肉声から、シカゴ・ソウルを通してシカゴに生まれた黒人コミュニティの興隆がリアルに目に浮かんで来る。社会的覚醒を促したインプレッションズの名曲を頭の中で奏でながら読めば、本書の意図も何某か伝わってくるはず。

 そんなシカゴ・ソウルシーンをリードしてきたカーティス・メイフィールドは、70年代以降はソロミュージシャンとしても成功。晩年は事故や健康上のアクシデントに見舞われたが、遺した音楽はいつまでも忘れられる事はないであろう。