『ピンク・フロイド』の音楽はBGMに最適…と書くと熱狂的ファンには怒られそうだが、多分アングラ演劇なんかの劇伴とかに随分使われたと思う。映像との相性の良さは彼らの曲が映画に使われたり、究極的にはアルバム『ウォール』(79)を原作にした同名映画まで製作された事でも判ると思う。

 当然ながらピンク・フロイドはサウンド・トラックアルバムも制作した。本作は通算7枚目に当るアルバムで『モア』(69)に次ぐサントラアルバム。『雲の影』ってどんな映画かと思って調べてみたら、同名の映画は存在せず『モア』と同じバーベット・シュローダー監督の『ラ・ヴァレ』という作品のサントラだとか。未見だがバーベット・シュローダー監督作品で言えば『ルームメイト』(92)は悪くなかったな…。

 興味深いのは、本アルバムは『狂気』(73)のレコーディングを一時中断してレコーディングされた事。監督との付き合いを優先したのか、膨大な時間がかかったと思われる『狂気』のレコーディングをちょっと休みたいという意図があったのか、それはリスナーには判らない事ではあるが。

 

 アナログA面1曲目『雲の影』はデヴィッド・ギルモアとロジャー・ウォーターズ共作のインスト曲。立ち上がって来るシンセの重々しさと、ギルモアのWトラックぽいスライドギター。不吉な匂いが全体に立ち込める曲だが、映画の内容と関係あるのだろうか。

 2曲目『ホエン・ユーアー・イン』はメンバー全員が共作した、まるで『クリーム』みたいな雰囲気を持つギターリフが特徴的な、これもインスト曲。これなんかはモロ劇伴という感じがする。40秒近くかけてゆっくりとフェイド・アウトしていく。

 3曲目『炎の橋』のイントロは明確にピンク・フロイドらしい。キーボード奏者のリチャード・ライトとウォーターズの共作で、かなり抽象的な詞をギルモアとライトが唄う。浮遊感と幻想的なイメージが半ばするアレンジや独特のスライドギターなど、ピンク・フロイドらしい1曲ではある。

 4曲目『ザ・ゴールド・イッツ・イン・ザ…』はギルモアとウォーターズが共作した、全くらしくないハードロックナンバーで、リード・ヴォーカルはギルモア。歌詞もそれらしく明解に解放願望を唄った物だ。ハードロックギタリストと化した豪快にローリングするギターが聴きもの。

 5曲曲『ウォッツ』はギルモアとウォーターズの共作で、ギルモアがヴォーカルを取る美しいアコースティック・ナンバー。穏やかな印象のギルモアのヴォーカル。疎外感を感じる世界からの脱却をテーマにした曲だが内向的な物を感じさせ、メロディーやアレンジにジョン・レノンからの影響を感じるのは俺だけか? 間奏ではライトのピアノソロをフィーチャー。

 

 A面最後の曲『泥まみれの男』はライトとギルモアの共作。イントロではライトがピアノを弾き、それにキーボードや幾重にも重ねてダビングされ、そこにスライドギターが入ってくるインパクトが凄いインスト曲。思わせぶりのタイトルは映画を観ないと判らないのかもしれないが、異世界感を高める効果は抜群にある。

 

 

 アナログB面1曲目『大人への躍動』はギルモア作&ヴォーカル。無音から徐々に重厚なキーボードの音が大きくなっていき、アコースティックギター&エレキギターの刻むリフに乗って、ヴォーカルがタイミング良く入って来る。大人に成長する事の厳しさを綴ったギルモアが書いた現代詩ぽい詞だが、ギルモアのヴォーカルはいつにも無く力強くネガティヴ感は薄い。

 

 2曲目『フリー・フォア』はウォーターズ作&ヴォーカル。第二次世界大戦で戦死した父の事を想い浮かべながら、ライヴツアーを目前にして鬱に襲われた君(ウォーターズ自身の事)に、立ち直れともう一人の自分が励ますというシチュエーション。素晴らしい詞だ。カウントから始まり重々しさと軽快さが同衾したアレンジが面白く、曲としての完成度は高いと思う。

 

 3曲目『ステイ』はライトとウォーターズの共作で、リード・ボーカルはライト。ワウワウを使用したギターの音色が幻想へと誘うのだが、Bメロになると突然全く予想もつかなかった転調になる、かなり凝った曲構成。

 アルバム最後の曲『アブソルートリー・カーテンズ』は4人の共作によるインスト。各種のキーボードを駆使した迷宮的なサウンドは実験性をも感じさせる。終盤はニューギニアのマプガ部族のドキュメント音源がSE的に収録されており、ワールド・ミュージック的への興味も垣間見える。

 

『雲の影』というアルバムタイトルは映画スタッフと揉めた為に付けたタイトルだったとか。サントラと言ってもヴォーカル入りの曲が8曲、いつになくメンバーの共作が多いのが特徴。この頃はウォーターズと他のメンバーの仲も良かった証拠だろう。A面にはピンク・フロイドらしからぬ曲もあるが、B面になるとらしい曲揃い。B-2の自己吐露した詞にはいい意味で驚かされた。演奏面ではやはりギルモアのギターがバンド全体を引っ張っている感じで、マジ狂気になるスレスレでレコーディングしていた『狂気』と比べると、結構愉しんで制作していた風である。彼らの代表作とは言えないけど、ベターなアルバムだとは思う。