俺は、宮﨑駿と並ぶカリスマアニメ監督・押井守(実写映画も多く撮っている)の事を『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(84)で知った口。『機動警察パトレイパー the movie』(89)『GOAST IN THE SHELL/攻穀機動隊』(95)なども高く評価され彼の熱狂的なファンを生み出したのだが、そこまでのマニアではない俺は押井守がどんな経歴の人なのか今まで全然知る由もなく、本書を読んで初めて知った。

 世代的にはギリギリ学生運動世代(1951年生まれ)。高校時代に学生運動の洗礼を受けて活動、その傍ら少年時代から熱狂的なミニタリーマニアという一面もあり、本書でもそのマニアぶりを全開しているのだが、非暴力主義な俺にはチンプンカンプンであった(笑)。東京学芸大学の映画サークルで一緒に活動していた後輩が、平成版『ガメラ』シリーズなどで知られる金子修介だという。

 本書はそんな押井監督が、年齢的には一回り半下の映像作家・野田真外(映画にはそれ程詳しくはない)を聞き手に、取り上げた作品を公開された頃の世相を絡めて語るみたいなコンセプト。これも全く知らなかったが、押井守は小説やらエッセイやら評論やらムチャクチャに多い点数の本を出版している。

 俺が本書に注目したのはチョイスされた映画が異色だったから。日本映画に限って挙げると『世界大戦争』(61)『エレキの若大将』(65)『仁義なき戦い』(73)『野性の証明』(78)『DEAD OR ALIVE 犯罪者』(99)と、『仁義なき戦い』以外は普通の映画評論本にはまず出てこなそうな作品なのだ。

  松林宗恵が監督した『世界大戦争』はキューバ革命もあって米国対ソ連の緊張関係が高まり、核戦争の可能性が語られる時期に製作され、若大将シリーズの一作『エレキの若大将』は、大学の進学率がまだ低かった時代背景と「不良の音楽」と呼ばれつつ若者間で急速に熱狂を呼んでいたエレキブームを当て込んでの製作であり、『仁義なき戦い』は戦中派世代が中年と呼ばれる年齢に達した頃に製作され、爆発的なヒットを記録した。

 聞き手が映画に詳しくないという事情もあり、押井は極めて分かり易い論法でこれらの作品がヒットした理由を分析している。この頃の日本映画は基本的に二週間毎に二本立て興行で新作を公開する「プログラムピクチャー」の時代。核戦争によって明日死が決定付けられているのに、いつもの様に日常を過ごし「最後の晩餐」を取る普通の家族(夫=フランキー堺 妻=乙羽信子 長女=星由里子)は、当時の大衆にあった厭戦のイメージが具象された物と取れる訳で、『エレキの若大将』で、愛に学業にスポーツに完璧な才能を発揮する加山雄三演じる主人公は、大学に行きたくとも経済的理由で叶わなかった、当時の若者たちの羨望的な妄想を代弁している…と押井は分析する。

『仁義なき戦い』の食うか喰われるかの実録やくざには、敗戦後驚異的な経済発展を遂げた戦後日本社会の恩恵に預かれなかった、今風に言えば「負け組」の民衆の恨みつらみが込められていると押井は分析。プログラムピクチャー時代の日本映画には、まだそんな風に社会のダウナーな部分も含め、観客側の気持ちを作品内に反映させるエネルギーがあった…という結論。

 

 そして『仁義なき戦い』を持って、映画と観客の蜜月な関係は終焉したと、本書は語って止まない。『野性の証明』には観客側の心情を代弁する様な視点など全く無い。あるのは時代の寵児たらんと映画界と出版界に殴り込みをかけた角川春樹の、金をかけて見栄えのするシーンさえぶち込めば映画はヒットするという強引な論理だけだ。それが成功した事で日本映画はプログラムピクチャーから大作主義へと転換し、本書の題名にある様な、映画で現代史を学ぶ事など不可能になってしまい、話も勢い押井監督の持論による日本映画&アニメ界の現状批判中心になってしまう。

『DEAD OR ALIVE/犯罪者』は、押井監督も熱中していたというVシネブームの絶頂期に、その担い手だった哀川翔と竹内力の二大Vシネスターの共演作、かつレジェントVシネ監督だった三池崇史の監督による作品(初お披露目が東京国際映画祭での招待上映。Vシネとは場違いの会場に集った観客群の中に俺もいた)。暴力とエロという、野郎衆には超分かり易い渇望をテーマにしたVシネは90年代に狂い咲いた。そのエネルギーに押井監督は深く共感していたのだが、今Vシネ系作品は配信方面にシフトして、その頃とは別の形で生き永らえている。

 

 そんな感じで本来のテーマが本書後半においては主旨が違ってしまった感も無きにしも非ずなのだが、押井監督は「論客」としては興味深い発言を幾つかしている。国民的アニメの登場人物が決して年を取らない事への違和感(『ビューティフル・ドリーマー』は、正にそれをテーマにした傑作だった)、今年論議になった『セクシー田中さん』の原作改ざん問題の一方で、「必ず原作に忠実に作れ」という、作り手の作家性を完全否定する制作体制も横行していたという証言(本書の発売は20年11月)、更には「世界的な名優と評価されている役所広司の髪型が全く変わらないのは何故か」という疑問に対する解答とか、色々と考えさせられたり、成程なあと頷か去られる部分もあった事を付け加えておく。

 新型コロナウイルス禍からの出口が見えてこない時期の発売という事もあり、若干のタイムラグ感は拭えないが、図書館で借りて読む分には興味深い本ではあった。