80年代に入って松任谷由実が女性シンガー・ソングライターのアイコン的な存在に上り詰めていくのに比べ、ほぼ同期でプロデビューした吉田美奈子に関しての情報は減っていった記憶がある。83年からはレコード会社との契約が切れてフリーの状態に。その間彼女はプロデューサーや他の歌手への楽曲提供中心の活動をしていたという(松任谷由実は松田聖子の曲を作ったが、吉田美奈子は中森明菜の曲を担当)。

 そういう中でまた自分で唄いたいという欲望が芽生えて来て、彼女は自主制作でのアルバムレコーデイングを敢行。3000枚限定CDで通販のみの発売で、制作費は全て中森明菜の楽曲の印税で賄ったという。それがさっき聴いた『BELLS』(86年9月発売)であった。

 

 トラック1『WIND』は吉田と当時の夫であったAKI(音楽プロデューサーの生田朗。88年に事故死)が作詞、吉田作曲。多重録音による英詞ヴォーカリズムが圧巻なアカペラナンバー。

 トラック2『CHRISTMAS TREE』も多重録音されたヴォーカルから始まる。9月の発売なのにクリスマスソングとは?であるが、ゆったりとしたリズムトラックをバックに、絶妙のテクニックで聖なる夜の心象風景を唄い上げる吉田の美しい歌声。吉田の別録りヴォーカルと交差しながら唄うパートがスリングかつ官能的。こういう曲を聴いて過ごすクリスマスの夜って、俗物の俺には想像つかないが…。

 

 トラック3『 PAVEMENT OH LIGHT 』は作詞・MINNIE SHADY&AKI 作曲・吉田。 「MINNIE SHADY」は吉田のペンネーム。これは完全にゴスペルモードの曲で、吉田による一人コーラス隊の独壇場だが、後半にはソウルフルな男性ヴォーカルとの掛け合い的なパートもある。

 

 トラック41.『SHADOWS ARE THE THOUGHTS(OF THE RADIANCE』は 作詞吉田&AKI 作曲・吉田。コーラス隊をバックに英詞を唄っている。これもコーラスとの掛け合いが聴き所となっており、全体的には至極洗練感のあるアレンジ。

 トラック5『THANKS TO YOU 』は作詞 MINNIE SHADY&AKI 作曲吉田によるR&B色が強い、彼女の囁き系のヴォーカルが映える短いナンバー。最後の曲『DREAMING』は吉田作詞&作曲。これもゴスペルモードのピアノ&オルガンの前奏から始まる。終わりなき夢への渇望を力強く唄い上げる吉田のヴォーカルの上手さを再認識するに充分なナンバー。ラストには遮断機の信号音みたいなSEが入って終了。

 

 

 短めの曲の間に長い曲が挟まっている曲構成で、余計な音を削ぎ落しヴォーカルを際立たせる、その後の吉田美奈子のアルバムにも共通するコンセプトに貫かれたミニアルバムだ。プライヴェート録音という事もあり全体的には私的イメージが強いけど、吉田美奈子の歌声を堪能できるという意味では聴いて損のないアルバムであろう。