杉並区阿佐ヶ谷に住んで20年になるぺヤンヌマキは、行きつけの診療所で初めて道路拡張計画があり、自分が住むアパートも立ち退き対象になっている事を知り愕然。調べてみると道路拡張計画は杉並区内では西荻窪、高円寺にもあり、それぞれに反対運動の動きもあった。杉並区議会を傍聴してみると3選して12年務めている現区長は、その件の質疑応答中に眠りこけている始末。このままでは自分の家が失われると思ったぺヤンヌは自ら反対運動に参加…。

 

 人口57万人、JR中央線沿線の区である杉並区。70年代は「中央線フォ―ク」などと言われてフォ―クソングブームを担い、劇画の舞台となったりする若者文化に連なるイメージが強かったが、青梅街道沿いから広大な善福寺緑地の間には閑静な住宅街が立ち並び、都心には珍しく自然が多く残っている癒しの街のイメージもある。本作は劇作家やTV脚本家として活躍するぺヤンヌマキ(大昔俺のバンドライヴにピアノでゲスト参加した「黒歴史」有り)が、22年の杉並区長選を撮影したドキュメンタリー。選挙資金も豊富にありそうな現区長の対立候補となった岸本聡子の選挙戦を描く。元々は選挙運動用に撮ったyoutube動画の映画ヴァージョン。

 道路拡張計画を阻止すべく、来るべく杉並区長選に向け反対派の人々によって『住民を思う杉並区長をつくる会』が結成。だが候補者となるとこれといった人材が見つからない。そこで白羽の矢が立ったのが20代で渡欧してNGO法人で働きつつ、民営化された公共サービスを住民に取り戻す「再公営化」を研究してきた岸本聡子。21年ぶりに帰国したばかりで杉並区とは特に縁もなかったが、会員の熱意に絆され区長選50日前に立候補を決意。勿論選挙に関してはど素人。反対運動を通して集った会員の思惑も様々であり、全ての責任を自分に押し付けられるのは岸本にとってキツイ物だった。そんなこんなで慌ただしく公示の日がやって来て…。

 

 政治に全く興味がなかった本作の監督が、ふとしたきっかけから自分が住んでいる区の行政に興味を持ち新人の女性候補の応援に関わる。「主役」である岸本は海外生活が長く物の考え方も欧米的というか、物事を合理的に考えたい人で、日本の政治家にありがちな「情」に訴えるタイプではない。そんな彼女に密着するビデオカメラ。youtubeに使われなかった会員の態度に不満を訴えるシーンもあったりするが、それでも選挙運動に邁進。所謂「ドブ板選挙」とは対照的な街宣中心の活動で、果たしてどれ程の効果があるのか心配…。演出の目線は誠実その物で好感度抜群。ただその分「映画」としてはアクが弱く奇麗に纏め過ぎる嫌いが。

 

作品評価★★★

(選挙広報用の動画が元ネタなので選挙制度に対する厳しい突込みは望むべくもなかったが、この選挙をきっかけに翌年の杉並区議選で多くの女性区議が誕生したというから、政治的にも「いい効果」になったとは言える。自民党王国など田舎住まいの人間には羨ましい話)

 

付録コラム~住民より交通の便を優先したい訳だな

 実は俺は30年間杉並区の住人であった。離れてから7年になるとはいえ、本作に登場する街並みには馴染みあるし、俺もぺヤンヌマキと同じく自然が残っている住宅街とかを歩くのが好きで、金はなくとも時間はたっぷりあった頃は頻繁に善福寺川緑地まで散歩したりもしていた。

 そんな杉並区に計画されているという道路拡張計画。JR阿佐ヶ谷駅直ぐ横の中杉通りの終着点である杉並区区役所横の三差路を十字路にして、五日市街道まで伸ばすという。今の状態だと阿佐ヶ谷駅方面から五日市街道に出る為には、青梅街道を新宿方面に折れ五日市街道の出発点に向かうしかない。もし計画が実現したらその手間が省け車の走行の時間短縮が可能になる訳である。

 JR高円寺駅北口方面にある「高円寺純情商店街」を潰す計画もあるとか。かなりあやふやになってるけど、高円寺純情商店街は業務関係以外の車は通行禁止だった様な記憶が。そこを潰して車両も走れる道路を作る計画は、これもまた上井草方面から早稲田通りを走る車が、早く高円寺駅に行ける様にする為であろう。

 今だと環七通りとの交差点で右折し中央線高架橋方面へ向かい、そこの三叉路を右折して高円寺駅へ…というルートだ。確かにこの計画が実現すればやはり車は容易く高円寺駅に着ける事になる。

 俺は車の類いに全く縁がないので判らないけど、もしかしたらもっと車の交通の便を良くして欲しいとの要望が、区の行政に殺到しているのかもしれない。とはいえ車の便ばかりを優先して地元住民の意志は二の次というのは、普通に考えておかしくないか? 何か反対運動が盛んになると「住民のエゴ」とか言い出す輩も出できそうだな。

 俺はもう杉並区の住民ではないので、正直こんな話も他人事ではある。でも住民が長い間住んでいた場所を追われ、道路拡張の為に樹々を伐採するなんて「世の中で一番偉いのは車様」みたいで、いい気持ちはしない。