1975年に遠藤賢司(通称エンケン。「遠藤憲一」じゃないよ)は『ポリドール・レコード』から『CBSソニー』に移籍。わざわざ個人レーベル『KENJI』を立ち上げたくらいだから、かなりのVIP待遇?と思われる。CBSソニーフォ―ク部門の稼ぎ頭だったよしだたくろう(吉田拓郎)が『フォ―ライフレコード』を設立して離脱、彼に代わる大物が必要だったのかもしれない。

 そのkENJIレーベル第一弾となった『HARD FOLK KENZI』が発売されたのは10月。レコーディング参加メンバーを見てみるとマジに凄い。高中正義(g)、村上秀一(ds)、難波弘之(key)、土屋昌巳(g)、斉藤ノブ(per)、中山ラビのバックもやっていた『洪栄龍とスラッピー・ジョー』、松任谷正隆(arrangement/etc)、吉川忠英(g)、原田裕臣(ds)、伊集加代子(bvo)、矢野顕子(bvo)、矢野誠(arrangement/etc)などの面子が参加。矢野顕子はこの時点ではソロデビュー前であった。

 

 A面1曲目『グッド・モーニング・MR.サンシャイン』はエンケン初のレゲエナンバー。日本ではまだレゲエが広く認識されていなかった時期だから、先見性はある。柔らかい朝の陽ざしが部屋に差し込んでくる様な雰囲気はアットホームな感じで、バックコーラス隊で矢野が参加。ゆったり気味のレゲエリズムとエンケンの相性もイイ。

 2曲目『オー・イエー』は、同年4月発売のかまやつひろしのアルバム『ああ我が良き友よ』に提供した楽曲のセルフカバー。テンポのいいロックナンバーだが、エレキギターと生ギターをツインリード的に構成したアレンジにはヘビーな感触は薄く、素朴な歌詞も相まって親しみ易さを強調したナンバーになった。、

 3曲目『アルファルファ』は愛猫家として知られたエンケンの十八番である猫ソングの一編。飼いネコを愛でるエンケンの気持ちがユーモラスに滲み出ている。伴奏のスライドギターも効果的。『アルファルファ・ファン・クラブ』なるコーラス隊が付き、エンケンの高音ヴォーカルを盛り立てる。

 4曲目『遠い汽笛』はシングル曲としても発売。ストリングスを配したセンチメンタル系ラブソングで、アレンジのは当時興隆していた叙情派フォ―クソングを多少意識した部分もあったかも。勿論エンケンをさだまさしなんかと同一に扱いたくはないけど、シングル曲としてはかなり地味だったのは否めない。

 

 A面最後の曲『ラブ・フォー・エヴァー』は真夜中の海風なSEから入る異世界感漂うアシッド・フォークと言えるだろうか。心優しいエンケンの囁き系ヴォーカルが身に沁みるなァ~。『遠い汽笛』と同じくストリングスが使用されているけど、深淵を感じさせるこっちのアレンジの方が好き。控えめに入るドラムスもいい仕事している。

 

 豪華ミュージシャンを起用したA面と違い、B面は、基本的にはエンケンのアコースティックギター&ハーモニカに、スタジオミュージシャン及び荒井由実のバックバンドなどでも活躍していた平野兄弟(平野融ドラムス、平野肇ベース)のリズムセクションが付く、スタジオライヴ形式でのレコーディングだったらしい。1曲目『ムーン・ライト(月色の夜))はアルペジオのギターを弾きながらの、エンケンならではのロマンチックモードな歌詞が聴かせる、デビュー時の彼を彷彿させる曲。被せでストリングスとバックコーラスが付きムードを更に盛り上げる。

 2曲目『ラブ・コール』はトリオ+エレキギターでの演奏に。ギターをかき鳴らしながらの、エンケンのハード面を強調した「生」な感じが上手く引き出された曲。エレキギターを被せている高中のプレイにも耳を奪われるけど、エンケンの独自な個性が十二分に伝わってくる名演。

 

 

 短い応援歌の3曲目『ゴー・ゴー・ケンジ』を挟んで長尺ナンバー『ハード・フォーク・ブギウギ』へ。完全トリオによる演奏で、強力なリズムセクションの音圧に負けていないエンケンのハードな生ギター&ハーモニカプレイは圧巻。俺は天才、たくろうや陽水にも負けていないぜと豪語する歌詞は、次作『東京ワッショイ』(78)収録『不滅の男』の前哨戦という感じがする。これを「痛い」と思う人は遠藤賢司のリスナーには不向きであろう。

 

 

 後年文筆家にもなった平野肇の自己音楽史的エッセー『僕の音楽物語 1972~2011』(祥伝社・刊)に、本作のレコーデイングの描写が登場する。細かい打ち合わせもなく途中でギターの弦が切れないか心配になるエンケンの演奏パワーに圧倒された平野だが、何回もテイクを重ねたあげく突然ストップがかかって、ミキサールームでエンケンとディレクターとの話し合いが延々と続く事が多くあり、結果五日間ぐらいでレコーディング終了するまでにディレクターが二度交代したとか。はっきり言ってエンケンとレコード会社側で対立があったのだ。

 そんなんではこのアルバムの売れ行きがさっぱりだったのも致し方無しか…と思ってしまう。陽気でユーモラスさも強調したA面、エンケンのパーソナルな部分を引き出そうとしたB面という構成は悪くないし、一曲一曲の出来も悪くないのだが、アルバムを通しで聴くと何かが足りないなあと思ってしまったのは、制作側との一体感が欠如していたからであろうか。

 制作費に金をかけた部分損失額は大きく『KENJI』レーベルは借金まみれになったあげく消滅。本アルバム収録曲も発売直後を除きライヴでほぼ封印となってしまったのは残念(『グッド・モーニング・MR.サンシャイン』は弾き語りヴァージョンで聴いた事はある).。以降『東京ワッショイ』で奇跡の復活を遂げるまで、遠藤賢司はライブの動員数3人という事もあった低迷期を過す事になるのである。