ゼロ年代になってからソロ活動を本格化させ、精神的な病を起す原因となった問題作『スマイル』を、04年に漸く完成させた『ザ・ビーチ・ボーイズ』のブライアン・ウィルソン。その間に37年もの月日が流れていた。さぞかし感無量だったと想像される。それから4年の月日が流れ、ブライアンはビーチ・ボーイズ時代に在籍した『キャピトル・レコード』と再契約、故郷のカルフォルニアや自身の音楽活動をテーマにしたアルバムを発表。それがさっき聴いた『ラッキー・オールド・サン』であった。

 タイトルはフランキー・レインという歌手が1946年にヒットさせたスタンダート・ナンバー『ザット・ラッキー・オールド・サン』から取っている。原曲は毎日厳しい仕事に従事する労働者のワーク・ソング的な物で、ブライアンは60年代の自分をこの曲の歌詞に当てはめてみた…という所か。アルバムのアクセント的にこの曲のカバー・ヴァージョンが使われ、更に曲の繫ぎとしてブライアンの語りも随所に登場(その語りを書いたのが往年の盟友ヴァン・ダイク・パークスだとか)。

 

 トラック1『ラッキー・オールド・サン』は一節唄っただけで次曲『モーニング・ビート』へと。LAでの朝の情景を歌詞にしている。テンポのいいサウンドは部屋に差し込んで来る朝陽を連想させて心地良い。トラック4『素敵な愛』は60年代のビーチ・ボーイズを彷彿させるメロディー。邦題はビーチ・ボーイズの大ヒット曲『素敵じゃないか』を意識したのかも。

 

 トラック5『永遠のサーファー・ガール』もサーフインをテーマにした、ビーチ・ボーイズの黄金時代を彷彿させる曲。ブライアンのあったかいヴォーカルと美しい多重コーラスに被われた至福の曲。

 

 トラック7『リヴ・レット・リヴ - ラッキー・オールド・サン(リプリーズ)メドレー 』はブライアンとヴァン・ダイク・パークスらによる共作曲。トラック8『メキシカン・ガール』はタイトル通りラテン・ポップ仕様のアレンジで、アコースティックギターなども参加したちょっと粋なメロディー。

 トラック10『カリフォルニア・ロール - ラッキー・オールド・サン(リプリーズ)メドレー』は、往年のロックン・ロールぽいリズムを使ったアレンジがユニーク。トラック12『オキシジェン・トゥ・ザ・ブレイン』は、ヴォーカル&コーラスのアカペラから始まり、その後も厚めのコーラスか生かされた軽快なポップスだが、ちょっとセンチメンタルなメロディー、所々に挿入されるトランペットの響きも胸を打つ。

 トラック14『明日の扉』。ピアノをバックに歌唱するドラマチックな出だしにうっとりさせられるバラードソング。ピアノに華麗なストリングスとコーラスが加わり、ドラマチックな雰囲気をより盛り上げる。トラック16『ゴーイング・ホーム』は陽気なサウンドだが、歌詞は赤裸々だ。「25歳で僕は明かりを消した 疲れた瞳の中で輝くものを持て余してしまったんだ」と、『スマイル』のrコーデイングが頓挫してしまった過去が唄われる。でもそういう苦しさを乗り越えて「うちに帰ろう 僕の音楽が見つかったんだ あの『スマイル』さ」と『スマイル』が完成に至った事も唄われ、重荷から解放された嬉しさの感情が、この曲に満ちていると言えるだろう。

 

 アルバム最後の曲『サザン・カルフォルニア』では、亡くなった弟デニス、カールたちへの尽きせぬ思いが唄われている。『明日の扉』と同じ様な出だし&コーラスだがストリングスは使われず生音ぽいシンプルなアレンジ。でもエンデイングは壮大に決める。「こんな夢を見た 弟たちと一緒に歌ってる 互いのハーモニー  支え合う 追い風に乗って 車輪を回して パシフィックコーストを走ってた 『サーフィン』がラジオから流れてる するとまた あの声が聞こえてきた」なんて唄われると泣けてしまうよね。そして表題曲『ラッキー・オールド・サン』がまたほんの一節流れて終了。

 

 

 正直言って特に斬新な試みをしている訳でもない、まあブライアンとしては標準的なアルバムなんだろうけど、僅か37分という短めな尺ながらも、全体を被う大きな多幸感が本アルバムの魅力だろう。ビーチ・ボーイズ自体にはヴォーカルのマイク・ラヴが分派してしまった辺りからもう興味が持てないでいるが、ブライアン・ウィルソン=ザ・ビーチ・ボーイズでもういいと思うよ。