必殺技「アイアンクロ―」を武器にプロレス界で一世風靡したフリッツ・フォン・エリック(ホルト・マッキュラニー)。しかし最高峰であるNWAヘビー級チャンピオンに輝く事はできず。引退後はその悲願を次男ケビン(ザック・エフロン)と3男デヴィッドに託す。父の言いつけを守りケビンは父が主宰するダラス州のリングでエースとして人気を博し、彼のファンだったパム(リリー・ジェームス)と恋人関係に。奮闘するケビンだが、父はデヴィッドがNWAチャンピオンの器と考えていた…。

 

 50~60年代のトップヒールレスラーだった父親の跡を継ぎ、80年代に人気レスラーになったエリック兄弟を襲った悲劇を描いたファミリードラマ。『マーサ、あるいはマーシー・メイ』(11)という作品が高い評価を得たというショーン・ダーキンが監督&脚本を担当、ゼロ年代にTVの青春物ドラマで頭角を現し映画方面に進出したザック・エフロンが主役を務め、ダニー・ボイルの『イエスタデイ』(19)のヒロインが印象的だったリリー・ジェームスが、本作でもヒロインに扮した。一部脚色はされているものの実話の映画化という事もあり、エリック兄弟の対戦相手も実在のレスラーが登場してくる。米国では去年末公開、日本ではゴールデンウィ―ク前に公開。

 NWAヘビー級ベルトに挑戦したケビンだが、デビューしたばかりのデビッドが試合後に乱入してマイクアピールして自分を上回る人気を得る。複雑な感情に駆られるケビンだが父の意向であり、弟の為と考えてそれに従った。80年のモスクワ五輪に米国は不参加となり、五輪候補選手だった4男のケリーもプロレスラー転向、エリック三兄弟の活躍でダラスのプロレスは全米きっての人気テリトリーに。パムとの結婚式でケビンはデビッドの体調が優れない事を知る。デビッドは大した事は無いと言い日本遠征へと出発したが、当地で体調悪化し急死してしまう。悲しみに暮れる一家だが、父はデビッドの代わりに5男マイクもプロレスデビューさせ…。

 

 典型的父権主義者の父と、それに従いながらも弟たちを気遣う常識人の次男。そんな板挟み関係の中次々と死んでいく兄弟たちがシビアに描写される。病死だった3男はともかく、4男も5男も生き馬の毛を抜くプロレスビジネスには繊細過ぎて不向きだった。米国社会に漂う家族間の不毛が本作にも存在。3男が死んだ時激情に駆られ初めて父に反抗する次男の、遅かりし父支配からの自立が悔やまれる。救いの無い展開だけど死んだ兄弟たちの黄泉の国での幸せそうな姿(幼くして死んだ長男も加わっている)、プロレス界のチャンピオンより家族の幸福を選んだケビン(本人が写真で登場)には溶明感あり、映画の印象を好ましくしていた。

 

作品評価★★★★

(エリック兄弟の試合相手で日本でもお馴染みのブルーザー・ブロディ、ハーリー・レイス、テリー・ゴーディ―、リック・フレアーといったレスラーが、微妙に似た?人たちにらしく演じられていたのも良かった。ザック・エフロンのビルドアップされた体は常人離れしていてリアリティあり)

 

付録コラム~俺が観てきたプロレス映画

 昔プロレスマニアの友人と酒を呑んだ時、その時点で俺が『レスラー』(08)を観ていないと言ったら、それでもお前はプロレスファンかとムチャクチャ怒られてしまった。プロレスを題材にした作品をスルーする事は、俺には許されないのだ(涙)。

 現役或いは元プロレスラーが出演した映画は数多くあれど(その大部分はB級アクション物)、プロレスその物を題材にした作品はあまり多いとは言えない。今回の作品ではクリアされていたが、普通の役者がプロレスラーを演じる事には肉体的なギャップがあるのが問題なのかなと推測されるのだが…。そんな中でも幾つかあったプロレス映画をプレイバックし紹介してみよう(『レスラー』はあまりに有名作なので省略)。

 

①『パラダイス・アレイ』(78年)

 一般的には無名だが、シルヴェスター・スタローンの初監督作品。正確には「地下プロレス」がテーマで、肉体労働者のイタリア系三兄弟が腕っぷしの強い次男をレスラーに仕立て稼ぐ…というストーリー。監督兼業のスタローンはマネージャー格の長男役、リングで闘わないのが意外。どんな形であれ成功を掴みたい男達の姿は程々にリアルだった印象がある。対抗する裏組織の用心棒兼レスラー役で今年亡くなったテリー・ファンクが出演、ファイトシーンではこれも日本でお馴染みなデイック・マードックも顔を出していた。酔いどれシンガー・ソングライター兼俳優のトム・ウェイツの初出演作であった事も忘れ難い。

 

②『カルフォルニア・ガールズ』(81)

 全米を巡業する女性タッグチーム『カルフォルニア・ドールズ』とそのマネージャー(ピーター・フォ―ク)。泥レスまで強いられる巡業に嫌気が差していた彼女たちにビッグマッチのチャンスが。だが対戦相手は不正を駆使して勝とうとしてきて…。米国映画史に残るアクション系監督ロバート・アルドリッチの遺作。ファイトシーンのリアルさは希薄だけど、問題の試合のここぞとばかり盛り上げる熱い演出には大拍手、涙すら零れてくる傑作。ピーター・フォ―クのくたびれ男ぶりも適役だった。試合シーンでは『全日本プロレス』所属のミミ萩原&ジャンボ堀も登場。日本ではオクラ入りする所を『ロッキー3』地方上映の併映作品になって免れた。

 

③『美少女プロレス 失神10秒前』(84)

 その『カルフォルニア・ドールズ』をパクって製作されたお正月公開のにっかつロマンポルノ。監督は『ビーバップ・ハイスクール』シリーズの那須博之、山本奈津子&小田かおるの『百合族』シリーズコンビの主演。大学プロレス研究会の対抗戦を描くコメディティストな、殆ど作り手の遊びみたいな内容だったが、へなちょこではあってもピチピチ娘たちの試合シーンはソコソコ愉しんで観ていた記憶がある。濡れ場シーンは「エロ」というよりも「H」って表現した方が良いレベル。まあ罪はない作品ではあった。小田かおるって若いながらも独特の色気があったし、演技力もあったから一般女優に転向しても成功すると思っていたけど…。

 

④『リング・リング・リング 涙のチャンピオンベルト』(93)

 現役を引退して久しかった元『クラッシュ・ギャルズ』の長与千種の自伝的ストーリー。つかこうへいが彼女に宛書して書き上演した戯曲の映画版だった。さすがに元本職という事もあり長与はファイトシーンをきっちりこなし、当時全盛期だった全日本女子プロレスのトップレスラーがこぞって参加協力し、プロレス映画としては充実の内容…とはならなかったのは、長与のライバル役がスポーツのイメージとはかけ離れた島田陽子だった為。不健康そうなガリガリの痩身は一目見ただけで痛々しい限り。監督が晩年は不遇だった工藤栄一というのも何だかなァ…って感じは否めなかった

 

⑤『おとうさんのバックドロップ』(04)

 我が心の導師・中島らも原作小説の映画化。弱小プロレス団体『新世界プロレス』を支える為に敢えてヒールの道を歩んだ父(宇梶剛士)と、それを恥じる息子(神木隆之介)。息子の信頼を回復すべく父は無謀にも空手世界チャンピオンに挑戦状を叩きつける…。子役だった神木の初主演作(宇梶とW主演)でかなり臭めの人情ドラマではあるけど、新世界プロレスは81年夏に倒産した『国際プロレス』、父は素はいい人なのにヒールを演じていたラッシャー木村(実際に国際プロレス時代はバックドロップが決め技だった)を意識しての設定である事は明らかで、そんなうらぶれた人々へのシンパシーが中島らも尊師らしいな…と感じてしまったり。

 

 ドウェイン・ジョンソンみたいなビッグ映画スターも輩出している米国のプロレス界。重めの人間ドラマばかりではなく純エンタメなプロレス映画も期待したいですね。日本の映画界では実在の女子レスラーをモデルにした『家出レスラー』という作品が来月公開されるが、観ないとまた怒られるのかな…。