昔の俺の友人に静岡県浜松市出身の男がいて「浜松出身のミュージシャンて誰かいる?」と訊いてみたら「いとうたかお」と答えた。実は他にも色々いるらしいのだがチョイスが渋いというか…。

 フォ―クブーム華やかしころにいとうたかおは高田渡に認められ、高田のアルバム『系図』(72)でオリジナル曲『あしたはきっと』を歌唱。高田の勧めで吉祥寺に住みながら大阪の第一期『春一番コンサート』に72~79年まで連続出演。吉祥寺を引き払った後は名古屋に在住し、そこを本拠地にして様々なライヴに出演。俺も高校生の時石川県の卯辰山相撲場で行われた野外コンサートで彼のライヴを観た事がある(ジェリー・ジェフ・ウォーカーの『ミスター・ボージャングル』を唄っていた)。

 74年に『ベルウッド・レコード』から『いとうたかおファースト・アルバム』(プロデュースは中川イサト)でアルバムデビュー。ベルウッドのスタッフが『フィリップスレコード』に移籍したのに合わせ、いとうたかおもフィリップレコードに移籍し、76年さっき聴いたセカンドアルバム『BOOKING OFFICE(出入口)』を発表。名古屋発のバンドで現在も解散してはいない『センチメンタル・シティ・ロマンス』の面々が、殆どの曲でバッキングを務めている様だ。

 

 アナログA面1曲目『地平線』はブルースコードを使い、旅で会った友人との思い出を唄ったロードソング。アコースティックのリードギターやスティール・ギターを使った明朗サウンドは、この時期ならではの音作りか。

 2曲目『Love Song』はこのレコーディング前から加川良がライヴで唄っていたとか。いとうの優しげなヴォーカルと、スティール・ギターやマンドリンなどを使ったカントリー・ロック的なバッキング。間奏の中野督夫のリードギターがいとうの歌を盛り上げる。心温まる佳曲。

 3曲目『風鈴 Fūrin』はアルペジオの弾き語り系ソング。風鈴を見つめながら過ぎ去りし夏の記憶を蘇らせる的な詞。控えめなアコーディオンの間奏ソロがイイ。噓偽りないな詞世界に誠実さを感じる。

 4曲目『こんなに不安なんだよ』は『ザ・バーズ』のリーダーだったロジャー・マッギン初のソロアルバム(73)のA面1曲目『アイム・ソー・レストレス』のカバー。いとう自身が吹いているハーモニカ&ギターによる弾き語り。日本語詞は原詞に対応して付けており、歌詞中の「ミスターD」はディラン、「ミスターL」はジョン・レノン、「ミスターJ」はミック・ジャガーの事を指しているらしい。音楽界の同朋たちに「俺はじっとしてはいられないんだ」と問いかけるロジャー・マッギンの自省を、自身の問題として捉え共有しようとするいとうたかおには、素直に感動させられた。

 A面最後の曲『海抜3m』のみ『ランニング・ベア』というバンドがバッキングしているらしい。やや泥臭くもあるウエスト・コースト的な演奏に乗って裏声も駆使して伸びやかに、長い付き合いの友人との微妙な関係を唄ういとうたかお…。

 

 アナログB面1曲目『梅雨前線』もカントリー・ロックスタイルの流れる様な演奏に乗って、ライヴの旅の最中の列車内で作ったと思しき詞を唄ういとう。70年前半までは、こういう旅が曲作りのネタになった物である。告井延隆のスティール・ギターが大活躍。

 2曲目『またたき』では中野督夫とのアコースチィックギターデュオ演奏で一瞬のまたたきで見た美しい風景をロマンチックモードで唄う。中野のスライドギターがいい音色を響かせている。

 3曲目『みちのり』は子供頃の異国への憧憬を歌詞にこめつつ、それと今の生活を照らし合わせている。この曲もアコーステイックギター&マンドリンというシンプルなスタイルで演奏され、いとうたかおの私的な想いがジワッと表出されている感じ。

 4曲目『いきたいところがあるんだ』は、自分の歩んだ道を確かめつつ、ともすれば生温くなりがちな現状からの脱却を唄ったメッセージソング。「新しい物はやがて古くなる  急ぎの旅でもないだろう  どこにでも居たよ『今を生きればいい。』なんて  冗談を言う奴のひとりやふたり それだけが頼りと思ってた  今となっては過ぎたこと 行きたいところがあるんだ」 77年の春一番での絶唱も鮮烈だった、いとうたかお渾身の名曲の一つ。スケールの大きいセンチメンタル・シティ・ロマンスの演奏も素晴らしい。最後に小品の弾き語りソング『ひつじ』を演奏してアルバム終了。

 

 

 旅をテーマにした曲が多いのは、いとうたかおと同時期に活動していた春一番周辺のシンガー、朝野由彦やダッチャとの共通項を感じるが、いとうたかおのソングスタイルは彼等よりも硬質な一面もある。カバーソングのA-4やB‐4には『イーグルズ』の『ホテル・カルフォルニア』が指摘した「失われたスピリット」を感じた…言うと褒め過ぎであろうか? センチメンタル・シティ・ロマンスのバッキングとの相性も良く、70年代の米国シンガー・ソングライターの影響をベースにしつつ「唄う事の意味は何か」を真摯に問い続ける彼の音楽姿勢は、もっと評価されても良かったのでは…とつくづく思う。

 残念ながら軽薄なニュー・ミュージックに走った音楽界にはいとうたかおを受け入れる余地もなく、このアルバム以降長期間メジャー系でのアルバムリリースは途絶えてしまうけど、いとうたかおは今でも地道な音楽活動を続け、どういう事情でそうなったかは分からないが、12年には俳優として劇場映画の主演を果たしている。