山下達郎らと共にバンド『シュガー・べイブ』でレコードデビューした大貫妙子。解散後は都会派シンガーとしてソロデビューしたが、4枚目のアルバム『ROMANTIQUE』(80)からヨーロッパ的なサウンドアプローチを展開、同世代の女性シンガー・ソングライターの草分けとして音楽ファンにも大きく認識される様になっていった。

 そんな感じで順調にアルバム制作を重ねた80年代の証しとして、87年限定販売でアルバム『pure acoustic』を発表。同年に行われたコンサート『大貫妙子ピュア・アコースティックナイト』のライヴ音源にストリングスなどのダビング音源を加えたセルフ・カバーアルバムであった。当初は通信販売のみで売られていたが、93年にボーナストラック3曲を加えた『PURE ACOUSTIC PLUS』として一般発売。更に96年にはボーナストラック曲を差し替え再度『pur acoustic』のタイトルで発売されている。

 さっき聴いたのはその96年盤のCDで、ボーナストラックは94年のライヴ音源の4曲。旧来の87年盤と合わせて11曲の構成となっている。

 

 トラック1『雨の夜明け』は前述した』『ROMANTIQUE』に収録。NHKテレビ『みんなの歌』用に作られた曲だとか。ストリングスの調べに乗って映像的なセンスを感じられる「愛の風景」が唄い込まれる。主に子供に対応している『みんなの歌』に提供するには、ちょっとアダルト過ぎるかも。

 トラック2『黒のクレール』は6枚目のアルバム『Cliché』(62)収録曲だが、その1年前にシングルとして先行発売。哀し気なピアノの前奏から始まり、失恋の悲しみが唄い込まれている。日本で恋に破れた女が傷心旅行でヨーロッパに旅立ち別れた貴方の事を想い出している的なシチュエーション。

 

 

 トラック3『横顔』は3枚目のアルバム『MIGNONNE』(78)収録。まだ都会派シンガーのイメージだった頃の代表曲の一つで、愛の予感を覚える若い娘の心情をクリアに表現。セルフカバーのバックの演奏にはシャンソン的なニュアンスを感じる。

 トラック4『新しいシャツ』は『ROMANTIQUE』に収録。このアルバムで多くの曲をアレンジしている坂本龍一とは同棲までした恋人関係だった。どうやらこの曲は坂本との別れを予感していた頃に書かれたらしい。そういう事実を知ると、ピュアなテイストとは表裏一体な生々しさを感じたりもして。

 トラック5『Siena』は9枚目のアルバム『copine』(85)に収録。シングル『ベジタブル』のB面曲。イタリアの都市シエナを念頭において作られた曲で、シエナの街の名所的な風景が唄い込まれた明朗サウンド。

 トラック6『Rain Dance』は13枚目のアルバム『PURISSIMA』に収録される事になる、87年の段階ではまだスタジオ録音されていない新曲であった。大貫は作詞のみで作曲は中西俊博。ピアノの伴奏のみでのライヴ音源にストリングスを被せ、古の外国映画を観ているかの様なロマンチック気分に酔える?

 トラック7『突然の贈りもの』は『MIGNONNE』収録。スタジオヴァージョンはジャズ風アレンジが施されていたらしいが、ピアノを主軸にしたアレンジで唄われるこのヴァージョンでは、より大貫妙子の歌世界の魅力がくっきり浮かんできて秀逸。名演といって差し支えないであろう。

 

 

 以降は94年収録のボーナストラック。何れの曲もピアニストのフェビアン・レザ・パネがアレンジを担当。トラック8『ひとり暮らしの妖精たち』は86年に13枚目のシングルとして発売。オリジナルアルバムに収録される事はなかった。作曲は坂本。イントロがアジアぽいテイストで大貫の曲としては異色で、ちょっと前衛的で?不可思議さも感じるヴァージョンに。

 トラック9『彼と彼女のソネット』は、フランスの歌手エルザが86年に発表した『哀しみのアダージョ』に大貫が日本語詞を付け、87年に原田知世のシングル曲として改題し提供した曲を、自身も12枚目のアルバム『A Slice of Life』(87)に収録。ピアノにパイプオルガンぽい音を重ねた冒頭から緻密なアレンジが施され、密やかな恋心を顕した歌詞と見事にシンクロ。これも名演であろう。

 

 トラック10『若き日の望楼』は『ROMANTIQUE』に収録。「お金も何もなくても熱く燃えるものはあった」シュガー・べイブ結成時の頃の記憶を遡った曲と思われる。後年の曲と比較すると随分生々しい詞だが、ピアノとヴァイブというシンプルな伴奏のみで神々しく唄われる事によって、幾分客観的にフイクション化されている感じ。

 アルバム最後の『風の道』は大貫が79年にラジという女性シンガーに提供した曲。『Cliché』でセルフカバーされている。自分用に書いた曲と比べるとやや硬い印象がある詞だが、自身が唄うと容易に大貫ワールドに違和感なく溶け込んでいる。この曲だけに観客の拍手が入っているのも面白い。

 

  所謂ベストアルバム的な物とはニュアンスが違う。ライヴ音源にダビング加工をした事で、オリジナルヴァージョンにはない新しい曲解釈を施しており、93年盤のボーナストラックを全てオミットし別曲に差し替えるというのも、かなり過激な「更新」だと思う。全体を通して感じたのはあそれまではあまり注目されてこなかった大貫妙子の歌唱力というかヴォーカル力というか、そういう物が刻印されている事(ライヴ盤ならではの強み)。そういう生々しさを記録してみたかった…という事なのかしらん。

 矢野顕子と共に大貫妙子も80年代までは結構好んで聴いていた記憶があるが、それ以降は聴かなくなってしまった。演ってる音楽がハイセンスになり過ぎて、あんまり「リアル」が感じられなくなったのが原因だろうか…。