昭和世代なので当たり前な事かもしれないが、ゼロ年代以降に登場したバンドについては全く知識がなく、TVで1曲聴いた分にはまあまあいいかなと思ったりしても、アルバムまで聴いてみたいなと思う事は滅多にない。

『EGO-WRAPPIN'』というグループ(ユニット)についても予備知識は殆どなかったが、調べてみると近年静かなブームになっている「昭和歌謡」的な音楽をやって結構売れたグループだとの事。関西出身の中納良恵(Vo、作詞作曲)と森雅樹(G、作曲)の2人組で、TVドラマの主題歌となった『くちばしにチェリー』という曲は何度か聴いた事がある様な…。

 さっき聴いた『merry merry』はEGO-WRAPPIN'4枚目のアルバムで沢山のミュージシャンが参加しているが、俺の知ってるのは『JAGATARA』『MUTE BEAT』で活躍したキーボード奏者のエマーソン北村のみ(大昔に会って話をした事があったな)。

 ミニマル・ミュージックぽいバックトラックに中納のスキャットが被さるトラック1『hju:mer』から『マンホールシンドローム』へ。研ぎ澄まされたサウンドをバックに一種現代詩ぽい歌詞が付いている。「マンホールの穴」とは何の暗喩なのだろうか?

 

 トラック3『林檎落花』はベースが強調されたリズムラインと、巻き舌調のヴォーカルが特徴。エマーソン北村のキーボードも面白い効果を出している。軽いアバンギャルトぽさとポップさが同調している感じ。

 トラック4『moonlight journal』は信号音みたいなシンセ+アルペジオのギターの緻密さを感じさせるイントロから、曲全体を覆う静寂なイメージと、中納の自由奔放に展開していく詞世界が魅惑的なナンバー。

 トラック5『カサヴェテス』のタイトルは、米国のマニアックな映画監督ジョン・カサヴェテスから取っており、英詞には『アメリカの影』『オープニング・ナイト』といった監督作の名称が登場する。ジャズムード全開のサウンドは、チャールズ・ミンガスが手掛けた『アメリカの影』のサウンドトラックを意識した物だと多分思う。意表を突いた曲だがヴォーカル&演奏共に素晴らしい。

 

 トラック6『Dog Smokie』はサックスがフィーチャーされた、これもジャージーな一面を感じさせる曲。白痴美的な中納のヴォーカルと異様なワードが並ぶ詞。間奏でフィーチャーされるジャングルビートなパーカッション、ワイルドなアレンジも面白い。

 トラック7『(I Love The Sound Of) Breaking Glass』は、ニック・ロウが1978年に発表したデビューアルバム『ジーザス・オブ・クール』収録の名曲のカバー。オリジナルのパワーポップ的なサウンドを21世紀的解釈で蘇らせており、思わず踊りたくなってしまう?

 

 トラック8『5月のクローバー』はハモンドオルガンの前奏から始まり、レゲエのリズムとムーディーなジャズが同衾した様なサウンドに乗って、中納の気怠いヴォーカルと人生を達観した様な詞、長めに続くサックスソロが魅力。

 

 トラック9『憐れみのプレリュード』はマリンバとバリトン・サックス、アコーディオンなど多彩な演奏をバックに奔放な歌姫と化した、中納のカリスマ性が味わえる曲。徐々に盛り上がっていく感があるアレンジも秀逸。

 トラック10『マドリガル』のみ中納が作曲も担当。中納自身が弾くピアノとドラムスのデュオ演奏で、実質的には彼女のソロ曲と言っていいだろう。達者なピアノ演奏とユニークな詞に惹きつけられる。

 最後の曲『TV JACK』は英詞なので歌詞の内容が伝わりにくいというハンデはあるが、そんな過激な事は唄ってないみたいだし、本アルバム中一番判り易いメロディーの曲。それでもそこはかとなく間奏などで実験的な音作りを試みているのが特徴か。

 

 例によってEGO-WRAPPIN'の他のアルバムなんて聴いた事が無いし、このアルバムで判断するしかないのだが、中納良恵の個性的なヴォーカルと独特の詞世界、細部に拘って練られたサウンド作りは極めて水準が高く、俗に言う「J-POP」の域を超えたレベルである事は明白。にも拘わらず「昭和歌謡」を演っていないが為に、従来のファンからは独りよがりとか金返せとかの類いの批判が多かったとか。

 そういう保守的な?ファンの強い意向にも関わらず、やりたい事をやったEGO-WRAPPIN'の二人の潔さみたいな物も、本アルバムには感じられる。こういう意欲作って今の日本の音楽界にどれだけ存在するのであろうか、知る由もないが。