航海士の英司(西郷輝彦)は、妹チノ(松原智恵子)の婚約者で先輩の渡瀬から台湾への航海に出てみないかと言われ承諾。英司兄妹は幼い頃台湾で暮らしていたが、音楽家の母は先に日本に帰った兄妹を追って来日するはずだったのに、直後消息不明になっていた。チノの結婚式には是非母に出席してもらいたいという、英司の気持ちを汲んだ渡瀬の好意だったのだ。数日後。台湾行きの客船に乗船して台湾に着いた英司は休暇を利用して台北へと向かう…。

 

 70年代以降は俳優としての活動が主となった西郷輝彦だが、60年代前半から中期にかけ日本最初のアイドル歌手として活躍。橋幸夫、舟木一夫と共に「御三家」と呼ばれる程の人気を博した。ヒット曲は多数あるが最大のヒットは66年に発売した『星のフラメンコ』。早々にヒットを受けて日活で歌謡映画化された。戦前から監督をし日活専属になってからは若手俳優を起用した青春映画を多く手掛けた森永健次郎が監督し、あの倉本聰が脚本執筆。絵に描いた様な好青年の主人公が母親を探して台湾に渡航するという、海外ロケを中止にした作品。台湾女優の汪玲、川地民夫、台湾人だが「光川環世」名で東映映画などに出演した藍芳らも共演。

 

 母探ししようにも当てがない英司に接近してくる少年・宗春。あまりにうるさくて渋々協力を要請すると日本で歌手デビューを目指している彩虹を紹介。取り敢えず母が教鞭を執っていた小学校に行く英司。すると若い音楽教師・華琴(汪玲)がオルガンで『七つの子』を弾いていた。思わず英司が声をかけ二人は親しくなる。華琴と彩虹は姉妹だった。英司は富豪家の姉妹の両親にも会い好感を持つ。所が期待していなかった宗春が母の消息を知る男を探してきた。男によると英司の母は帰国予定だったが、旅費を華琴姉妹の父に騙し取られ帰国できなかったという。その話を偶然立ち聞きした華琴はショックを受けて英司の前から姿を消した…。

 

 兄妹が瞼の母を探すという設定は童話『安寿と厨子王』からインスプレーションを得た? 1966年の台北の風景は戦後直後の日本みたいに猥雑、だがストーリーは風景とは真逆に随分と甘口。主人公が好意を持った台湾美人の父親が、母と兄妹の間を割いた張本人(山椒大夫役?)という因縁に絶望した主人公は、帰国後周囲の心配にも関わらず呑んだくれるが、結局安直な展開で真相が判りハッピーエンドという結末は、芝居がかった設定が臭く西郷輝彦のアイドルとしての魅力を輝かせるまでには至らず。西郷の激痩せぶりも際立っており、過労の身の上に海外ロケ有りの突貫映画スケジュールが随分堪えたのでは…と思ってしまった。

 

作品評価★★

(嵯峨善兵扮する主人公の亡き父の友人作曲家が登場するが、どう考えても『星のフラメンコ』の作者・浜口庫之助の分身だ。役名が「財前公之助」って…。戦時中の日本兵の台湾人に対する虐待行為なんて台詞も出てくるが、中途半端な戦争批判はやらない方が良かったな)

 

 付録コラム~ドント・トラスト『キネマ旬報日本映画ベスト・テン』?

『2023キネマ旬報日本映画ベスト・テン』の発表に合わせ興味深い記事が『映画秘宝』復刊第1号に載っていた。それによると1973年度日本映画ベスト・テン1位『津軽じょんがら節』は73年に有料試写会を数回やっただけなのに73年公開作品扱いとなり(一般公開は翌年)、ベスト1に輝いたという。確かにベスト・テン投票は識者のみで選ばれるので、観客である読者票は関係ないから「不正」ではないだろう。とは言ってもまだ一般に公開されていない作品が,、その年のベスト・ワンって、普通に考えておかしいと思う。

 じゃあ何故こんなゴリ推しめいた事をキネマ旬報は実行したのか? 理由は明解。そうしないと2位の『仁義なき戦い』が1位になってしまうから。暴力シーンの連続で、続編には「オメコの汁」なんて下品な台詞が登場する作品は、伝統あるキネマ旬報ベスト1にはふさわしくないという編集側の判断があり、そこで対抗馬的に「無難な良心作」の『津軽じょんがら節』を73年公開作品に追加し、多くの識者の票を集め『仁義なき戦い』のベスト1回避に成功した…という流れ。結果的にはこの高評価の後押しで翌年公開された『津軽じょんがら節』はATG作品としては記録的なヒットになったという。

 ちなみに80年代にまた識者の投票段階で、キネマ旬報的に1位にしたくない映画が1位になってしまった事があった…と言われている。この時は対抗馬になった良心作を高く評価し、ホントの1位作品?に一票も入れない識者を急遽ベスト・テン選考者に加え、何とか「最悪の結果」を回避したと聞いた。これもギリギリ不正ではないけど…。ちなみにそんな「編集部工作」によってベスト1作品監督の栄冠を逃した某監督は、後年別の監督作品でキネマ旬報日本映画ベストテン1位に輝いている。

 2023年のキネマ旬報の日本映画ベスト・テンの第2位に、ヴィム・ヴェンダーズの『PERFECT DAYS』が入り、日本映画監督賞がヴィム・ヴェンダーズってのも…。製作には日本資本が入っているし確かに「日本映画」と言われれば日本映画なんだけど。一般公開は23年12月22日から。昔のキネマ旬報ベスト・テンの扱いでは、年を跨いで公開される作品は翌年度公開作に回されるのが恒例だったが…。東京国際映画祭で先行上映された事で、2023年公開の条件を満たしているとう理屈か。

 勿論映画のシステムが時代と共に変化していくのは当然の事だし、ベスト・テン選考条件を変えていくのも構わない。でもキネマ旬報編集部は最低限、読者にはちゃんとその規定変更を報告する義務はあると俺は思うのだ(尤も俺はキネマ旬報を毎号ちゃんと読んでいない。そういう事がちゃんと書かれていたとしたらごめんなさい…と潔く謝ります)。