1976年ぐらいからロンドンで派生したパンク・ロックブームは、既成の商業音楽にNoを突き付けたという意味で斬新だったかもしれないが、音楽的には俺みたいなアホでも弾けそうな3コードのロックン・ロール風サウンドが主で、既成の音楽その物を破壊する類ではなかったと思う。一方NYパンクにはロンドン勢に無い知性を感じたが、何か文学少年少女崩れぽいイメージがしないでもなかった。

 そんなパンクロックブームがやや曲がり角に差し掛かった時期に、『トーキング・ヘッズ』のプロデュース仕事でNYを訪れていたブライアン・イーノは、たまたま小さな会場でやっていたロック・フェスティバルで観た一般的には無名なバンドたちに興味を持ち、コンピレーションアルバムの形で紹介できないかと考えレコーディングを敢行。それがさっき聴いたアルバム『ノー・ニューヨーク』になった。イーノは大手の『アイランド・レコード』からの発売を目指したが、こんな無名バンドばかりでは無理だと断られ、系列のマイナー・レーベルからの発売になったという。収録されたバンドは4バンド。各々平等に4曲ずつ収録されている。

 

 アナログA面1~4は『ジェームス・チャンス&コントーションズ』の演奏。サックス&ヴォーカルのジェームス・チャンスを中心にしたバンドでメンバーの出入りが多く、『東京ロッカーズ』で日本の音楽シーンに登場した『フリクション』のレック(ベース)、チコ・ヒゲ(ドラムス)もNY在住時代参加していた事も。チャンスのサックスをフィーチャーした変態ファンクみたいなサウンドと破壊的ヴォーカル、スライドギターの多用が特徴的。部分的にはフランク・ザッパの盟友キャプテン・ビーフハートの音楽と共通する物も感じる。ジェームス・チャンスのサックスはフリー・ジャズ的な要素は多少りそうだが、誰かに似てるみたいな感じは全く無い独自のスタイル。

 このアルバム以降は『コントーションズ』と改名し『バイ』(79)というアルバムなどを発表したが、81年に一旦解散。90年代から再結成活動をしている。ジェームス・チャンスは70年代末から80年代初めにNYに滞在していた藤圭子と付き合っていたというトンデモ情報があるが、真偽は不明。

 5~8曲目までは『ティーンエイジ・ジーザス・アンド・ザ・シャークス』の演奏。リディア・ランチ(ギター、ヴォーカル)をフロントにしたスリー・ピースバンドで、レックはこのバンドにも在籍していた。およそリズムが感じられない超下手演奏に金切り声系のヴォーカル。緩さ満点で通常ならレコード化など絶対不可能なレベルなのだが、こうしてちゃんとレコード化されている事が凄い。リディア・ランチはパティ・スミスのアンダーグラウンド版みたいな存在で、ライヴでは流血も辞さないパフォーマンスを展開。日本で言えば女版初期の江戸アケミって感じ? このバンド解散以降もアンダーグラウンド界で活動し続けたとか。

 

 アナログB面1~4は『マーズ』というバンドの演奏。4人組の一応普通ぽいバンド編成だが、御詠歌みたいなヴォーカル、痙攣的フレーズを弾き続けるスライドギター…と、これも既成音楽からかけ離れた音楽を演っている。不気味過ぎて普通のロックバーとかで流すと客から即抗議がきそうだ。メンバー全員マ―ズ結成前は楽器を触った事もなかったという。短期間活動しただけで解散したが、ライヴ音源はゼロ年代になってからも発売されていた。

 5~8曲は『DNA』の演奏。アート・リンゼイ(ギター)、日本人ドラマーのモリ・イクエが参加したトリオ編成で、もう一人のメンバーがオルガンを演奏しているので辛うじて「音楽」って気はするけど、ギターもドラムもど素人が演奏してる感丸出しで、サウンドはほぼインプロゼーションに近い。後にNY音楽界の大物になるアート・リンゼイが、ギターの通常の弾き方を全く知らないという事実を、このアルバムを聴いて初めて知った。

 その音楽性故にインテリ層には少なからずファンがいたらしいDNAだが、82年に解散。モリ・イクエはその後も音楽シーンで活躍、アート・リンゼイは日本のメジャー系ア―ティストとのプロデューサー仕事もかなりやっている。

 

 今聴くと驚愕という程ではないんだが、1978年という時代にこのアルバムが与えた衝撃は大きかった。そもそも何故こんな音楽を演ってるのか、その動機すら不明なバンドたち。中には楽器が殆ど弾けなさそうな輩までいたりし、そういう連中がコンピュレーションとはいえちゃんとレコードを出せて世界的に発売されるという驚き。このアルバムの売り上げ自体は芳しくなかった様だが、感化された人は多分世界中にいて、日本においても本アルバム収録バンドと同じく「パンク・ロック」のカテゴリーに当てはまらないインディーズバンドが多数出現し、80年代初期に第一次インディーズブームが到来。そういうバンドが多数登場した、82年の法政大学学園祭恒例のオールナイト・ライヴ(by学生会館ホール)の熱気は凄かった…。