今日のネットニュースで音楽プロデューサー・松尾潔が、去年6月ラジオ番組でジャニー喜多川の性被害に対しての意見を述べた後、所属していたジャニーズと近しい事務所の契約を解除された件の真相を語ると共に、解除を承認した事務所所属のトップミュージシャンである山下達郎の、自分のラジオ番組内でのコメントにも触れていた。

 正直俺もあのコメントはすべきではないと思った。自分が可愛がっていた音楽界の後輩にSNSで名前を挙げられた事でカッとし、勢いで言ってしまったんだと思うけど、長年ジャニーズ仕事をしながら「ジャニー喜多川氏の性加害問題については全く知らなかった」はないだろう。「松尾氏とは仕事上で年一度メール連絡する程度の関係」だった訳もないし、「私に文句がある人は私の音楽なんて聴いてくれなくていい」風な開き直り的発言も感心できない。

 そもそも山下達郎は「音楽」で自分を語ってきた人だ。それを徹底して貫いてきた。その事から考えるとこういう「言葉」でメッセージを発する事自体慣れていなかったと思われる。理由はどうあれ後輩から批判されれば誰だっていい気持ちはしない。でも不得手な事は辞めた方が良かった。それが得策だ。

 そんな事を考えながら山下達郎の通算7枚目のアルバム『MELODIES』を聴いた。70年代のソロ活動は商業的成功に結びつかなかった山下達郎だが、80年代に入ると急に風向きが好転しシングル曲やアルバムも売れ始めた。だが個人的にはいつまでも売れ続けるはずがないとの考えから、音楽をやり始めた原点に戻ってこのアルバムでは自分で殆どの曲の詞を書いている。レコード会社移籍第一弾のアルバムという事もあり、心機一転の気持ちが特に強かったのだろう。

 

 アナログA面1曲目『悲しみのJODY (She Was Crying)』は、山下がDJを担当していたラジオ番組のインストテーマ曲に詞を付け、山下が多重録音でほぼ一人で完成させた。そのせいもあってコンパクト感が感じられる曲で、晩夏に憧れの女=ジョデイにフラれるという詞世界は『思い出の夏』って往年の映画を思い出す。山下も観たのだろうか? シングルカットされなかったがCMソングとして有名に。

 2曲目『高気圧ガール』は先行シングルとして発売。飛行機会社のキャンペーンソングとして制作された「高気圧ガール」を探しに南国へ行こう的な青春謳歌ソングで、当時はど根暗の青春を送っていた俺には別世界の歌だ(涙)。多重コーラスのアレンジなどは山下の真骨頂だろう。

 3曲目『夜翔 (Night-Fly)』は都会の救急サイレンが鳴る様な夜をテーマにした曲。イントロからして深淵を感じさせるめくるめくサウンド。山下のハイト―ンのヴォーカルも素晴らしい伸び。前2曲と真逆な大人の恋愛を描いた詞世界に惹かれる。

 4曲目『GUESS I’M DUMB』は、ブライアン・ウィルソンが作曲して、カントリーシンガー兼ギタリストのグレン・キャンベルが65年にシングルとして発売した曲(不発に終わったとか)のカバー。オリジナルは聴いた事はないが、ビーチ・ボーイズの「ペットサウンド」が見事に再現されている事に唸らされる。山下がギター、ピアノ、ドラムなどを多重で演奏。

 

 

 A面最後の曲『ひととき』は60年代ポップスの匂いを振り撒くスロー・バラードスタイルの曲。歌詞は米国のカレッジ・フォ―ク風で印象的にはかなり地味なんだが、山下のなだらかな歌唱は癒し効果があるのかも。

 

 アナログB面1曲目『メリー・ゴー・ラウンド』は、ファンクスタイルのベーシック・トラックが印象的な、夜中の遊園地を舞台にしたファンタジック・ワールド。山下はソロの初期からこの手の曲は必ずアルバムに入れていたね。その意味では典型的な達郎ミュージックだ。さすがに型にハマってるな…と唸らされる名曲。

 

 2曲目『BLUE MIDNIGHT』のみ作詞は吉田美奈子。山下と相通じる詞世界だが、やや繊細さが強いのが違いか。実は前作『FOR YOU』のアウトテイク。ストリングスやサックスを効果的に使用した、これも大人チックな曲。

 3曲目『あしおと』は『FOR YOU』の時にオケだけ完成していたが、歌詞が付けられず先延ばしになっていた曲だという。シカゴ・ソウル色が強いアレンジで少年が年上の女に恋するが、女は一向に気付かず…という、失恋にも至らない片想いソングなのだ。

 

 4曲目『黙想』はピアノの弾き語りスタイルに多重コーラスが付くシンプルな曲で1分30分あまりで最後の曲『クリスマス・イブ』へ。あまりにも有名な年末の定番ソングなので特にコメントはないが、中間部の山下の多重アカペラコーラスは見事の一言。まさか40年も延々と聴かれる事になるとは…。

 

 

 有名な曲が収録されている為に単なる売れ線のアルバムと判断されてしまいそうだが、アルバムオンリー曲に山下の個性や志向性が滲み出ていている気がする。音楽と向き合う真摯な姿勢はソロデビュー以来一貫しており、殆どのコーラスを自分でやってのけている山下の、類まれなるヴォーカリゼーションの強靭さも、このアルバムを聴いて再度印象付けられる事になった。参加ミュージシャンも気心知れた人中心。「山下達郎チーム」で作ったアルバムという気もするよね。

 そんな日本のメジャーミュージシャン・ミュージシャンな山下達郎だけに、余計前述の「失言」が勿体ない気がするのだが…。