舞台は大阪。指定暴力団・東組傘下・清勇会の事務所を訪れる撮影スタッフ。組員の中にはTVの高校野球中継を観ながら札束を数える男もいる。組員の一人に室内を案内してもらう。部屋住みの子分の寝所になっている階上部屋には「任」「侠」「道」と、それぞれ書かれた額縁が飾ってある。部屋住みの若者(21)はいらないと思った夕刊を捨ててしまった事を、上の組員に注意された。眼鏡の坊主頭、口数も少なめで大人しいのだが、背中には立派な刺青が…。

 

 所謂暴対法が施行されて以来暴力団員の数は撃滅したが、それでも22年の警察庁の調査では22000人あまりの暴力団員がいる。今や暴力団員というだけで銀行口座も作れないしアパートを借りる事も出来ない(身元を偽って契約すると即逮捕)。だが暴力団員への厳しい規制が「反グレ」なる、それこそ仁義もヘッタクレもない「反社」の連中を生み出すきっかけになった事も否めない。本作は謝礼金無し、基本的に顔モザイク無し、暴力団側の映像チェックも無しという条件で本物のヤクザを密着取材した『東海テレビ』ドキュメンタリー番組の劇場版。武闘派とも言われる暴力団員の日常が露わに。元山口組顧問弁護士・山之内幸夫にも取材。

 

 22年の懲役を務めて出所したばかりの清勇会会長・川口和秀の行き付けの店は西成の居酒屋。女将と気さくに話す川口だが一般人が巻き込まれた事件で逮捕された事に関しては「無罪」と断言。組関係者の墓掃除に通いとあるアパートに車で行き金を受け取るベテラン組員。何の金か訊くと言葉を濁す。話し込んでみると気さくに会長への感謝を語り、堅気の時の妻子の写真まで見せてくれる。山之内弁護士は山口組の顧問弁護士時代逮捕された事が。現在本来なら罰金刑で終わる一件を実刑相当の求刑で起訴された。有罪になれば弁護士の資格を失う。部屋住みの若者は作家・宮﨑学のファンで、今も著書を大切に持っている…。

 

 何はともあれ本物のヤクザが取材可能になっている事に驚く。登場するヤクザは東映実録映画の役者程の貫録はないが、誰が見ても堅気ではない雰囲気は持ってる。ただ取材OKといっても肝心な事に関してはボカしており、シノギの現場を撮影されても非法である証拠は掴ませない。正に「反社集団」その物なのだが、それでも会長(還暦越えとは思えない精悍な容姿。只者ではない事がヒシヒシと伝わる)は憲法上ヤクザも人間、なのに人権が殆どないのはおかしいと訴える。非法な事やってるから人権がないのか、人権もなくマトモな仕事にもありつけないから非法をやらざるを得ないのか。そんな堂々巡りの実情に誰も答える事はできない。

 

作品評価★★★★

(もう少し意外な一面とか見れるかと思ったが撮影中に逮捕者も出たりして、登場する人たちはヤクザになるべくヤクザになった人ばかりだった。そういう生き方しかできないのに一抹の寂しさを感じもするが、キャメラは至極冷静に一般市民との遊離感をも印象付けている)

 

付録コラム~人権意識が薄くて面白い番組ってどんなの?

 毎月東京の超豪華ホテルで行われているというフジテレビの番組審議会の年度末の会議で、出席者である審議会委員の一人から「人権意識が強くなりすぎると良い表現ができなくなり、テレビ局の挑戦も締め付けられ、番組がつまらなくなり、世の中から見捨てられてしまうのではないか」との発言があったのが問題視されている。

 委員の顔ぶれを見ると某アカデミー賞映画に関わった放送作家&脚本家、小柄ながら業師として活躍し人気を得た元大相撲力士、最近TVでは見なくなった美人政治学者など。審議会の報告はネット上で公開されているが、問題の発言は誰の物かは炎上防止の為に伏せられている。

 発言の裏を取ると「人権意識をあまり意識せずに作った番組の方が、堅苦しくはないから面白い」と発言者は考えている事になる。それってどんな番組なの?と考えてみると、どうも視聴率がフジテレビが視聴率が絶好調で「面白くなくちゃTVじゃない」とか言っていた時期…80年代後半から90年代にかけての番組の事を指している様に思える。

 俺は観た事無いけど、他局で80年代に生きていたオヤジがセクハラパワハラ何でもありの時代に過ごしてきた男が、タイムスリップでコンプライアンス最重視の現代に迷いんこんで四苦八苦するというドラマが話題になっているらしい。何でもかんでも規制が強い現代の在り方を軽く皮肉ったドラマ…と言えそうだ。

 今回の委員の発言者もそのドラマで描かれている「TVの黄金時代」を懐かしんでいる口…と決めつけたら言い過ぎだろうか。確かに規制ばかりが横行するテレビメディアって観てる人も作り手も窮屈だろうな…というのは判る。でもそれを人権意識のせいとする考え方はとても「識者」の発想とは言い難い。なかなか難しいかもしれないけど、人権意識に考慮しながら良い表現の番組を制作する事が、普通に本来のTVメディアの目指す在り方ではないかな?

 コンプライアンスという点で、今でも忘れられないのは90年代にたまたま観た、フジテレビ午前中の帯情報番組での一コマ。何らかの理由でMC席のデスクにバナナが置いてあり、司会者がアシスタントのお嬢様育ちの女子アナに突然「バナナを喰え」と命令。意図が判らないまま言われた通りに女子アナが皮を剥いてバナナを食べるとその口元がアップになり、司会者とスタッフらしい人間の笑い声が被さる…という一幕。

 俺も野郎なんで女性の裸が出るくらいでTVが退廃したと嘆く気は更々ないが、これは悪質な女性の人権無視。女子アナがその手の事に無知なのに付け込んだセクハラオヤジの下衆野郎ども…と言わざるを得ない。今そんな事生放送でやったら司会者は一発退場、スタッフも始末書レベルでは済まないだろう。ところがこの司会者は後に朝のワイドショー番組のMCを長く務める程の、超大物タレントになったのだから驚く。

 フジテレビの視聴率が低下したのは、この手の何もやっても許されると考えた、一部の「大物タレント」の暴走を見て見ぬ振りをしてスルーした結果、番組制作体制が緩々になってしまったからだろう。「今のバラエティ番組は時代遅れ。下らないから観ない」というキョンキョン(小泉今日子)の過激発言に「そんな事はない、俺たちはちゃんといい物作っている」ときっちりと反論ができるTVマンは一人でもいるのだろうか…と思ってしまうのは、俺だけではないだろう。