71年に1stアルバム『回帰線』を発表した南正人。だが元々プロの歌手みたいな物になる積りは全く無く、加えて私生活の問題でゴタゴタがあったりして都会で暮らすのがすっかり嫌になり、思い切って1971年から八王子駅から車で4,50分もかかる山中の、僅か14軒ぐらいしか家がない集落にあった築100年ぐらいのあばら家を借り妻と、元オリンピック体操競技の代表候補だったという家出娘と住む事になる。

 隣家などない環境で勝手に他人が何カ月も居付いたりする(そんな連中の中には、若松プロ作品で助監督兼男優として活躍した「秋山未知汚」こと秋山道男もいたという)、プチミューン化した生活で勿論ハッパ栽培もOK。それが一番の目的で山中に移住したんじゃないかとも思う(笑)。

 そんなリアルヒッピー生活を送りながら、たまに街に出て唄ったりしていた南正人にニュー・アルバムのレコーディングの話が持ち上がる。バックを務めるのは当時様々なレコーディングのバックアップグループとして活躍した『キャラメル・ママ』(鈴木茂、細野晴臣 松任谷正隆、林立夫)。細野と林は『回帰線』のレコーディングにも参加していた。南の自宅でレコーディングというアイディアは、多分キャラメル・ママが参加した細野初のソロアルバム『HOSONO HOUSE』(73)の自宅レコーディングが音楽的成果を得た事と、フリーキーな環境でやりたいという南の希望が一致したのだろう。本当はセカンドアルバムなのにファースト・アルバムとなっているのは何故か? 理由は判らない。ジャケットでは南が堂々とハッパを喫っているけど、良くレコード会社がOKしたなあ(笑)。

 

 アナログA面1曲目『いやな長雨』は、鳥のさえずりぽい音が聴こえる屋外での録音。南自身のギターの弾き語りで、去ってしまった「あの娘」の事を唄う淡々としたラブソングだが、タイトルはレコーディングが梅雨時期だった事から付けたのかもしれない。

 2曲目『午前4時10分前』は、キャラメル・ママならではのファンキーなサウンドが冴えるロックナンバー。女を抱いた後の夜明け前の虚脱感を唄った詞だが、どうしてもバックのサウンドの方に耳を奪われてしまうな~。鈴木のギターとユーミンの旦那・松任谷のピアノをフィーチャー。リズムセクションの呼吸の良さも細野&林ならではであろう。曲後半から南のヴォーカルもラリパッパになっていき、演奏もアドリブぽく変化する。

 

 3曲目『紫陽花』もAー1と同じく録音時の季節から取ったタイトル。ここでは『回帰線』に通じる、南の求める精神的な世界観が滲み出た詞が味わえる彼らしい曲。サウンド面では松任谷の弾くアコーディオン、マンドリンなどが隠し味的な効果になっている感じだ。7分強の長さはちょっと冗長な気もするが…。

 A面最後の曲『ア・ウィーク』も8分もある陽気な曲。バンジョーから始まるラグタイムぽい出だし。南はカズ―を吹き途中ハミングみたいな箇所もあるけれど、基本的にカズ―吹きに集中。多分何も決めないでセッション的に演奏したのを一発録りしたと思われる。中途からどんどんリズムが早くなっていき、演奏に付いていけなくなって咳き込み音を上げた南が、細野らに文句を言う下りもそのまま録音されている。

 

 アナログB面1曲目『愛のふきだまり』は、冒頭の歯切れのいいギター・カッティングが心地良い。ここでも松任谷が演奏するアコーディオンが登場し、一風変わった転調などかなり複雑なアレンジが施された曲。ドラッグを連想させる歌詞は南ならではであるが。

 2曲目『ヴギ』は、多分レコーディングを見学に来たリリィが急遽参加した曲。2分ぐらいしかない短い曲で、ニュー・オーリンズぽいアレンジの演奏と、リリィと南の息が合ったデュオが愉しい。この頃のリりィは『私は泣いています』のヒットでブレイクする前であった。

 

 3曲目『五月の雨』もまた、レコーディング時の心情を唄った物か。本アルバムからのシングル・カット曲でもあり、一瞬聴くと南正人とは思えないポップソングぽいアレンジには違和感を持つ人も多いだろうが、実は南にはシンガー以外には映画のサントラやCM曲などの音楽家としての顔もあったらしく、こういう音楽も演ろうと思えば演れる柔軟さもあったはず。

 

 4曲目『家へ帰ろう』は山中に生活する様になってからの、南の日常感覚をそのまま歌詞に落とし込んだ、もっとも素直に心情が顕れている曲。歌を唄いに街へ出て最終電車に乗って家路に着く。多分駅から夜道を延々歩く事になる。そうすると歩きながら様々な想いが零れてきて…って感じだ。本アルバム中一番の名曲だと思う。

 

 アルバム最後の曲『レイジィー・ブルー』は『いやな長雨』と全く生ギター一本、かつ同じメロディー&コードぽい。スキャット含みの南のヴォーカルにはそこはかとなくブルースの匂いが漂っており、やはり『いやな~』と同じく外の音も聴こえたりし、ホームメイド録音ならではのリアリティあり。

 

 基本的には『回帰線』の延長線上にある音楽が展開されているが『回帰線』ほどのイッちゃってる感は希薄で、山中での生活から湧き上がってきた感情を素朴に唄っている雰囲気。 遊び的なセッションが収録されているのは、硬派な評論家からは「真面目にやれ」と批判の対象になったのかもしれないが「シンガー」としての南正人にとっては、音楽は常にエンジョイする物で。プロ意識を持っていたらもっと売れたのかもしれないが、それは二の次の事だった。

  山中でのヒッピー的な生活は、南が外出中に宿泊していた誰かの失火とかであばら家が全焼した事で終わり、南正人はまた街に戻って暮らす様になり「田園調布」という、ヒッピーとは縁も所縁もない街住まいになっていたとの噂を聞いた事がある。「音楽家」としてバブル時代の頃はCM音楽の作曲で結構儲けていたとも聞いた。