1950年代末から80年代まで歌謡曲の作曲家として活躍した浜口庫之助。彼の作品で一番良く知られているのがマイク真木が唄ったフォ―ク風歌謡曲『バラが咲いた』(65)だろう。GSブームの口火となった『ザ・スパイダーズ』の『夕陽が泣いている』(66)、西郷輝彦の最大のヒット曲『星のフラメンコ』(66)、石原裕次郎の『夜霧よ今夜も有難う』(67)、島倉千代子の『人生いろいろ』(87)などが代表曲で、ちょっと渋めな曲では高田恭子『みんな夢の中』、島倉千代子の『愛のさざなみ』(68年。『カーネーション』がカバー)も浜口の曲。作曲と作詞を同時に手掛け自ら唄ったりもするシンガー・ソングライターの顔を持つ、一種マルチな才能を持つ音楽人であった。

 そういう歌謡曲の傍ら、浜口は小林亜星らと並んでCM音楽家という顔もあった。1960年代にテレビが庶民の間にも定着し始める様になると同時に、民放放送にスポンサーとして付く企業CMもお茶の間に定着。思わず口ずさんでしまうキャッチ―なメロディーがテレビ画面から流れてきた。CMの映像自体は60年代になってもまだクオリティ―が低い物が多かった為に、余計CM音楽の完成度が求められた風潮があったと思う。

 本CDはそんなお茶の間に流れた浜口作曲のCMソングの代表作を集めた物。歌手として意外な人が起用されていたり、そういうデータ的な面白さも愉しめるのだ。

 

 全45曲中19曲で浜口自身がヴォーカル担当。決して上手いというレベルではないが、素朴系のヴォーカルは味があり親しみが持てる。デュエット曲も多くトラック12『グリコ・プッチンプリン (グリコ協同乳業)でデュエットを務めるのは、当時アイドル歌手だった林寛子(後に『世界のクロサワ』家族に嫁入り)。林の青いお色気歌唱?が聴き物。トラック43『誰かさんといっしょに (ヤマギワデンキの唄)』では、彼と再婚した歌手兼女優・渚まゆみとの愛のデュエットが実現。メロディーが井上陽水の『ロンドン急行』と激似なのがちょっとビックリ。

 

 

 有名歌手篇で言えばトラック5『小さな瞳』 (ロッテ)を唄うのは67年からCMソング歌手として活躍していたジャズ歌手・しばたはつみ。この曲は多分70年代後半に非売品のシングルとして業界用に配布された。本CDに収録されたのはB面の英詞ヴァージョンの方で、ゴージャズなディスコアレンジが70年代という時代を偲ばせる。

 

 トラック26『唄になったチョコレート (ロッテ)』と唄うのは元フォ―クの女王、今は『さとうびき畑』 の歌手兼森山直太朗の母、『おぎやはぎ』の小木の義母として知られる森山良子。鼻にかかった様な歌唱には意外とフォ―クぽさは感じられない。素朴な音作りは森山らしいが。

 トラック29『大人になれば (ロッテ)』を唄うのは『チェリッシュ』のライバルであった?男女デュオ『ダ・カーポ』。「大人になればチョコレートを食べて恋を知る」という歌詞がロマンチック。 

 トラック36『走れクイーンコーラル (照国郵船)』(72年)を唄うのはアイドル歌手として絶頂期であった南沙織(現・篠山紀信未亡人)。クイーンコーラルは沖縄復帰に当り鹿児島~沖縄間を航海した豪華客船の名称。沖縄復帰に踊る時世を当て込んでの航海で、沖縄出身の南沙織の起用もまたドンピシャだった。南沙織の清楚なイメージ満載のポップソングで、宣伝効果もかなりあったと思われるが、その後特需的な沖縄ブームは去り照国郵船は倒産してしまったと聞くから寂しい話だ。

 

 かつて南沙織のライバルと目された小柳ルミ子も、トラック40『ヤクルト・ジョア (ヤクルト本社)』のCMソングを唄っている(77年)。その後の小柳のイメージとかけ離れた爽やかさには、時代の流れを感じずにいられないが…。08年は深瀬絵里ヴァージョンでこの曲のリメイク版がお茶の間に流れたという。

 

 

 以上全45曲の中から女性歌手絡みの曲をチョイスして感想などを書いてみたが、全体的な印象としては、浜口のCMソングは歌謡曲として作った曲に比べるとベタな下世話イメージが希薄で、世界の音楽を浜口流に解釈した、いい意味での洗練感が身の上だったと言える。同時期のCM作曲家でも小林亜星の日本的情緒を生かした音楽、いずみたくの「うたごえ音楽」系?とは別種の物であった…と言えるだろう。