31・『青い獣 密かな愉しみ』(78年 監督・武田一成)の秀一(加納省吾)

 

 真の受験地獄を描いたのは『高校大パニック』ではなく本作だと一部で評価された作品。精肉屋の倅・秀一(加納)は浪人生活を強いられているコンプレックスからノイローゼになっており、両親は彼の家庭内暴力に怯えるばかり。そんな彼がふとしたきっかけで美女(稲川順子)と知り合うが…。仰天するのは冷凍室にぶら下げてあった牛肉の肉片に、秀一が包丁で裂け目を作り、そこに突っ込んで●●●●をし「女のアソコと同じだ」と呟く下り。更にその肉片を精肉した奴を持って美女の部屋に行き、ステーキにして御馳走…って完全にこいつは狂っている。こんな脚本が書けるのは世界広しといえど田中陽造だけである。

 1978年10月。西荻窪の『アケタの店』で三上寛のライヴを観にいった時、学生風の二人連れの客が「俺の友達がロマンポルノに出演した」と話しており、聞き耳を立てると加納省吾の事であった。根岸吉太郎のデビュー作『情事の方程式』で初出演、『ヒポクラテスたち』(80)では大森一樹の自画像たる、8ミリ映画に熱中する医学生を演じた。ネット情報によると彼は小沢昭一が設立した『芸能座』の座員で、街を歩いているだけで女のコが振り返り、駅ホームの真向かいから彼に見える様にスカートの中身を見せる娘もいた程の、モテモテなイケメンだったが三本出演しただけであっさり役者は廃業。起業して清掃会社を経営していたが、50代で亡くなったとか。  

 意外にも今回の機会に加納省吾の素性を知る事になってしまった。人生色々ですなあ…。

 

32・『13人連続暴行魔』(78年 監督・若松孝二)の盲目娘(日野繭子)

 改造銃を製造した冴えない男が、自転車で物色した女をキャッチして凌辱し殺戮するだけの、ストーリーとも言えない展開で実際に起きた米国の凶悪事件をモデルにしたらしい。女体を通し体制への嫌悪感、本質的な憎悪を描いた若松孝二らしい作品と言える。全盛期だった60年代の作品と比べるとアレかもしれないが、その不変なスピリットは本作でも伝わってきた。

 男の新たな標的は杖を突いて橋を歩く盲目娘。「そんな物使うな!」と杖を蹴飛ばし川岸で娘を抱く男。だが娘は何の動揺もなく「貴方のしてきた事を全て知ってる」と言い、若松映画お得意の「聖母性」を漂わせる。男が気が付くと娘は姿を消しており、結局この娘だけは殺す事無く夕焼けの川岸にたたずんでいた所を、唐突に何者かによって銃殺されてしまうのだ。

 日野繭子はこの年から80年代初頭にかけ高橋伴明、渡辺護作品を中心に多数のピンク映画に出演。美人とは言えないけど芯の強そうな個性を感じさせる女優だったが、トラブルも多かったとも聞く。ピンク映画から撤退後もフリーの女優として舞台などで活動していたらしく、80年代後半に、俺の友人が先頃亡くなったキラー・カーン経営のカラオケスナックで働いているとの噂を聞きつけて店に行ったそうだが、その日は不在だったらしい。

 

33・『桃色娘 ラブアタック』(79年 監督・小原宏裕)のオカマの源ちゃん(高橋淳)

 

 78年のゴールデン・ウィ―クに公開された橋本治原作『桃色娘 ピンク・ヒップ・ガール』がヒットしたので、翌年のゴールデン・ウィ―クも同じ監督・小原宏裕、竹田かほり&亜湖の出演でシリーズ化されて映画化。亜湖が妊娠してしまったので堕胎費用を稼ぐ為、女子高生の二人がピンクサロンでバイトするというストーリー。冒頭は原作にも登場する二人の親友である重要キャラ「オカマの源ちゃん」が「パパ」と別れ話をするシーン。男の俺から見ても「キモッ」と思いたくなる様なパパ役(吉原正晧)が、真面目腐ってお願いだから別れないでくれと、困惑顔の源ちゃんに哀願する様が滑稽で、観客席も大爆笑だった事を思い出す。本作で一番受けたシーンであった。

 所がDVDヴァージョンを見るとそのシーンは丸々削除されていて絶句…。確かに「エロ」的には不必要なのでそういう判断が下されたと思うけど「映画」として捉えると納得できないな。高橋淳はロマンポルノ常連男優で大友克洋原作の『高校エロトピア 赤い制服』などにも出演。芝居には確かな物がありNHK大河ドラマや『太陽にほえろ!』などにも出演していた。

 

34・『その後の仁義なき戦い』(79年 監督・工藤栄一)の大場登(立川光貴=立川三貴)

『仁義なき戦い』とは何の関係もない作品。俺にとっては初めて観た工藤栄一監督作品である。各々別の組に所属しながら厚い絆で結ばれていた若者たち(根津甚八、宇崎竜童 松崎しげる)の関係が、組同士の抗争で引き裂かれてゆくストーリーだが、その複雑な人間関係を一回観たけで把握するのは困難。ただやくざ映画を意識せず「青春映画」として纏めたセンスや、光と影を駆使した工藤栄一ならではの映像はインパクトがあったと思う。

 俺が一番印象に残ったのはヒットマンに任命されたチンピラの姿。決行の日の朝ドラム缶風呂に浸かってスッキリし、駅のホームで敵側の組長を射殺。斃れた組長に声をかける若頭、高架橋から飛び降りた風のショットの次には、病室のドアの映像にヒットマンの母らしき女の泣き声が被さる。使い捨てにされるヒットマンの死の悲惨さを芝居ではなく、短いカット繋ぎで表現した演出センスには唸らされた。

 問題はこのヒットマンを演じた俳優は片桐竜次だと今の今まで勘違いしていた事。演じたのは時代劇の悪役やミュージカルなどの舞台、声優などでも活躍している立川三貴(当時の芸名は立川光貴)という人らしい。時代劇ドラマは見ないしミュージカルも観た事が無いほぼ無知な俳優だが、写真を見ると確かにあのチンピラはこんな顔してたかな…と思う。彼の兄を演じた片桐竜次と似てるっちゃあ似てるね?

 

35・『十九歳の地図』(79年 監督・柳町光男)の紺野(蟹江敬三)

 十代特有の苛立ちを裡に溜めている新聞配達の少年(本間隆二)の生々しい姿を描く、中上健次の芥川賞候補小説の映画化だが、主人公よりも配達所の同僚で、少年と行動を共にする事が多い中年男・紺野の存在感が圧倒していた。それまでの日本映画でも見た事もない程の超底辺的なダメダメ男で、少年は心の底ではこの男を軽蔑しているのだが、年齢がかなり上なので突き放す事は出来ない。

 紺野が女子高生ぽい二人連れをナンパするシーンがサイテーにサイコー。こんな貧乏たらしく薄汚いオッサンを相手にする娘なんてこの世にいる訳がない。「これからどうやって生きてったらいいんだ」と悲嘆に暮れている割にはそんな風に若い娘に色目を使ったり、彫ろうとして途中で辞めた刺青をチラつかせ金を払わない契約者から新聞代を徴収したり、セコく生きている。少年は「もしかして俺も将来こんな男になってしまうのか」と思っていたのだろう。結局紺野はケチな泥棒で逮捕されてしまうのだが…。

 その存在は一部には昔から評価されていた蟹江敬三だったが、本作の出演で脇役としてブレイクし、悪役専科から人情オヤジみたいな役柄もやる様に変化。NHKの朝ドラ『あまちゃん』出演者が一挙紅白歌合戦に出演した時、蟹江敬三がいなかったのでちょっと気になっていたら、間もなく癌で亡くなったという報せが。

 

36・『赤い暴行』(80年 監督・曽根中生)の『デビル』

 事務所からの月給5万円で生活するバンド『デビル』。デビューしたもののライヴハウスに出演するのが関の山。何で俺たちはビッグになれないんだとの焦り、彼らを取り巻く女たちとのダルな関係…。取り立てて派手に何かが起きるみたいなストーリーではないんだがリアル感はある。何故か。それは劇中のデビルが、現実でもデビューしたけど売れていないバンドだったからだ。

 リーダーのフジトに声をかけてきた女子高生(紗貴めぐみ)。最初は遊びの積りで彼女を犯したが本気で好きになり前向きな気持ちにもなってきた時に、彼女は突然交通事故死。マネージャーと決裂して事務所をクビになったが、それでもフジトはバンドメンバーと一緒にスタジオに入り新曲の練習をしている姿が泣けた。「ロック」を感じさせる日本映画なんて当時は殆ど無かったが、本作はそれを感じさせる希少な作品であった。

 デビルは結局やっぱり売れずに解散したが、十年後ぐらいにフジトはメンバーを一新し『デビルズ』名で再デビュー。本作の監督・曽根中生は『BLOW THE NIGHT 夜をぶっとばせ 』(83)で『ストリート・スライダーズ』を劇中で起用、彼らの売り出しに一役買う事になった。

 

37・『ヒポクラテスたち』(80年 監督・大森一樹)の野口英雄(宮﨑雄吾)

 22年に亡くなった大森一樹が自身の医学生体験を基に監督した作品で、彼の最高傑作である事は相違ない。医大生にとってはあるある的なエピソードが幾つも描かれているが、特に「野口英雄君」のエピソードにリアルな物を感じた。

 野口英雄は主人公・愛作(古尾谷雅人)が生活する学生寮に入寮する新入生。童顔で真面目な気持ちで医者を志す純真な若者だ。そんな微笑ましくもあった彼が医学裁判を支援するビラ撒きをしていたのに出くわし愛作は驚く。真面目な故に医学界の矛盾が許せず学生運動に邁進する野口。やがて彼は寮から姿を消し逮捕されたとの噂が。ガサ入れ対策で彼が残していった書類などを整理している連中に向け、自身も運動経験がある愛作は思わず「今度は野口英雄君救援闘争でもするつもりかよ!」と声を張り上げるのだ。

 今はどうだが知らないけれど、本作が上映された頃はまだ大学内には当たり前に運動をやってる人間がいて、俺も「ダンスパーティーに参加しない?」とか「三里塚で一緒に闘おう」とか誘われたが、何れも断った。既に俺には野口英雄君の様な、何かの為に自分を犠牲にする純粋性は持ち合わせていなかったから。もしそういう気持ちを持っていたら、今こんな風に呑気に?ブログなどやっていられない人生になっていたと思うのだ。

 

38・『美姉妹 犯す』(82年 監督・西村昭五郎)の清(内藤剛志)

 テレビ朝日の刑事物ドラマに連続出演し続け「いい人」のイメージが定着してる内藤剛志だが、売れる前までは自主映画やロマンポルノに出演しかなりエグい役も演じていた。そんな内藤のロマンポルノ出演作で最もヒットしたと思われる作品。

 内藤は夜学の学生で住み込みで本屋で働いており、住み込みの弱みで店主にこき使われる毎日だ。その鬱憤晴らしに目を付けたのが店主の娘の美人姉妹(おっとり系の風祭ゆきと奔放な山口千枝)。二人の弱みにつけ込んで体を奪っていき意のままに二人を操る。その色悪ぶりが結構堂に入っており、現在のイメージとはかけ離れている。

 特に姉の婚約者が訪れた時着物姿の姉を呼び出し、婚約者が待ちかねる部屋の直ぐ側の物陰でやっちゃう冷血さがエグい。西村昭五郎の演出も職人技に徹しており、性的に満たされない観客たちを十二分に愉しませたと思うぞよ。

 ちなみにちょっと変人タイプだったという山口千枝が、藤田敏八作品などを書いた脚本家の内田栄一と連れ立って、打ち合わせ場所として有名だった新宿の某喫茶店に入ってゆくのを目撃した事があったな。もう40年前ぐらいの話だから、書いちゃっていいよね?

 

39・『TATOO 〈刺青〉あり』(82年 監督・高橋伴明)の貞子(渡辺美佐子)

 

 79年1月の三菱銀行人質事件犯を主人公のモデルにした高橋伴明初の一般映画。少年時代から札付きの悪だった竹田(宇崎竜童)は「30歳になるまでには大きい事やったる」が口癖、大阪に出て水商売の道に入り、男気を誇示する為に刺青を施し、ナンバー1のホステス(関根恵子=高橋恵子)を口説き落とすが、元来のキレ易さ故にその関係もやがて破綻。30になるまでのタイムリミットが近づいた焦りが、彼を短絡的な行動に走らせるのだ。

 そんないいとこ無しの男の竹田だが母親(渡辺)だけは溺愛。正月には土産物を持って必ず帰郷。普通は母が子を溺愛するんだろうが、本作の場合は逆で息子の気性を知っている母は里帰りを喜びつつも、調子のいい事ばかり言っている息子が何をしでかすか不安に駆られている様子。その不安は的中。事件で警官に射殺された竹田の骨壺をもらい受け、夜田舎の無人駅のベンチに座り途方に暮れている母の姿が哀れ。これから死ぬまで周囲の人間から白眼視されて生きていかねばならないのだから。

 凶悪事件が起こる度に被害者の人権問題が叫ばれている。人間感情から言えば当然の事だが、最低限加害者側にも家族がいる事は頭の片隅に入れておくべきだとは思う。マスコミが親の責任を問題視し親を自殺に追い込んだ例も幾つかあるんだし。

 

40・『恥辱の部屋』(82年 監督・武田一成)の一夫(鶴田忍)

 

 タクシー運転手の鶴田はかなり年下の妻(風祭ゆき)と結婚したが、EDで妻を抱く事もできない。悩んだあげく鶴田は妻を抱いて歓びを味わせて欲しいと同僚に頼む。『青い~』と同じ武田一成監督により哀感たっぷりのロマンポルノ。何故か蓮實重彦のみが激賞した作品でもある。

 同僚が家で妻を抱いている間鶴田は夜の公園にいて、子供用の遊具と戯れながら延々何やら子供じみた事を呟いているのが異様。理由はどうあれ妻が他人に抱かれるのは気持ち的には辛い。そんな風に戯れる事で嫉妬の感情に耐え忍ぶ鶴田の孤独な姿が本作の白眉シーンであった…なんて思うのは俺だけだろう。他人に抱かれた事で妻は本来持っていた奔放性を蘇らせて見知らぬ男(三上寛)と駆け落ち。妻に惑わされた末取り残されてしまった男たちとの対比が鮮やかであり、男側からするとほろ苦い結末。

 本作で初めて鶴田忍という役者を認識した。古谷一行や峰岸徹らと同期の俳優座出身のベテラン俳優。本作の好演で同じ武田監督の『のぞき』(83)にも出演、こちらはな娘(井上麻衣)の奔放さに悩まされる父親役であった。『釣りバカ日誌』シリーズでは97年よりレギュラーとして出演。