ボブ・ディランが初来日コンサートを行ったのは1978年の2月20~3月9日まで。東京と大阪とで計11回のライヴが行われている。その後コンサートツアーの一行はオセアニアへと向かい4月1日で一旦ツアーは小休止し、6月から年末までヨーロッパと全米ツアーを敢行した。当時のディランは37歳の働き盛りだったとはいえ、恐ろしいまでのハードスケジュール。そしてその2ヶ月のツアー休暇を使って18枚目のアルバムレコーディングを行った。それがさっき聴いた『ストリート・リーガル』である。

 レコーディングメンバーは当然ながら日本公演の時のバックメンバーとほぼ同じだが、バックバンドのリーダーを『ローリング・サンダー・レビュー』以降務めてきたベーシストのロブ・ストーナーは解雇され、エルヴィス・プレスリーのバックなどをやってきたジェリー・ジェフという人に交替している。

 

 アナログA面1曲目『チェンジング・オブ・ザ・カード』は米国でシングルとしても発売された。宗教がかった、四流高校卒の俺には到底理解できない難解な詞だが、サウンドは女性コーラス隊やサックスを前面に出したノリのいいソウルフルなロックサウンドで、聴いていて愉しくなってくる。サックスのアレンジはスプリングスティーンぽいと言ったらディランは怒るか?

 

 2曲目『ニュー・ポニー 』は「子馬」というワードがキーになっている詞。飼っていた子馬は脚を怪我したので、俺は撃ち殺してしまった。でも新しい子馬がやってきて、俺は今その「悪い子馬」に夢中なのさ…。人間の心の移り気の早さをテーマにしているのだろうか? 演奏はブルーススタイルのアレンジだが、元気のいい女性コーラス隊がこの曲でも印象に残るな。間奏の鋭角的なギターソロも良い。

 3曲目『ノー・タイム・トゥ・シンク』の詞にも難解なワードが幾つも登場。この当時は永遠に続くかとも思われていた東西冷戦状況への危惧感、その犠牲者に誰もがなる可能性があるのだ…という警告の曲とも思える。8分という曲の長さでメキシコ音楽を想起させるメロディーが特徴だが、全体的には『欲望』の頃のディランを想起させる曲だ。聴いてる分にはこの曲も心地良い。

 A面最後の曲『ベイビー・ストップ・クライング』を直訳すると「可愛いお前、もう泣かないで」とかになりそうだが、そのタイトル通りこれはごく普通のラブソングだった(と思える)。英国でシングルカットされ全英チャート13位を記録する中ヒットに。キーボードが主軸となったサウンドをバックに、ディランの説得力のあるヴォーカルと女性コーラス隊との絡みが、サイコーとまで言わないでもかなりいい感じの佳曲なのだ。

 

 

 アナログB面1曲目『イズ・ユア・ラヴ・イン・ヴェイン』は他の曲に先だって日本公演で披露されていた曲。その時点で全く知らない曲を聴かされた日本の聴衆はどう思った? 自分を好いてくれる女に君は俺の事を何処まで理解できてるんだ?と問いかける歌詞。随分冷たい男の様に思えるが、最終的にはお前に賭けて恋に落ちようと結ばれる。イントロからホーンセクションがフィーチャーされる、往年のソウル・ミュージックを彷彿させるアレンジでかなり聴き易い。何か『大阪に生まれた女』にも似ている様な…。こんな曲なら初めて聴いても戸惑うって事はなかったのかもしれない。英国でシングル・カットされ全英チャートで56位を記録。

 

 2曲目『セニョール(ヤンキー・パワーの話)』は、米国の南米諸国に対する経済搾取を暗に批判している曲らしい。A-3と同じくメキシコというかスパニッシュテイストというか、そういうニュアンスを含んだ曲。ゆったりとしたディランのヴォーカルも悪くはない。

 3曲目『トゥルー・ラヴ・テンズ・トゥ・フォゲット』はイントロをフェイド・イン処理している。これも『欲望』の頃を想起させる懐かし系ソングで、安心感で聴ける曲。バックのレイド・バック気味の?演奏にも惹きつけられる。

 4曲目『ウイ・ベター・トーク・ディス・オーバー』ではディラン特有の節回しが堪能できる。これはディランの音楽がまだ「フォ―ク・ロック」と呼ばれていた頃を思い出させる。こういう感じの曲なら一気に作ってしまえそうな気がしてしまう。ディランなら…。

 アルバム最後の曲『ホエア・アー・ユウ・トゥナイト(暗い熱気を旅して)』を聴いたら誰もが思う事だろうが『ライク・ア・ローリング・ストーン』に似たサウンドアレンジとサビのメロディーが施されている。ディランの裡に、個人的に温故知新的な物ではあったのだろうか? 曲の長さまで『ライク~』とほぼ同じ(笑)。

 

 

  ボブ・ディラン史の中ではあまり評判にならないアルバムだが、集中して聴いてみるとかなりいいアルバムに思える。僅か一週間ぐらいで一気にレコーディングしてしまったので、中にはアレンジを吟味せず勢いで仕上げた曲もあるのだが、A面は総じて出来がいい。B面では何と言っても日本公演で披露した1曲目。最終曲もまあいいかって許せる気にもなる。

 さすがに長期間ツアーをやってきただけあって、ディランとバックバンドの呼吸はきちんと取れているし、本アルバム時点では判らなかった次作からの『宗教三部作』の入口になる女性コーラス隊の重要視というのも、決して的外れにはなっていない。

 米国よりも英国での評判の方が良かった、70年代後半のディランの代表作だと思う。