2021年9月27日。国民の6割が反対しているのに安部晋三元首相の国葬が執り行われた。会場近くで反対デモが行われる一方、右翼団体は韓国の横暴に厳しく対処した安部元首相を絶賛する演説を行う。6割反対の割には国葬には一般の参列者も多かった。2012年12月26日に内閣総理大臣に返り咲いた安部は、早速他の自民党議員の要望に応えて生活保護費の減額を決定。2009年の衆院選で下野して以来、ネットを利用した広報活動が実り自民党政権が復活…。

 

 前首相・菅義偉政権時代を検証したドキュメンタリー映画『パンケーキを毒見する』(21)を監督した内山雄人が、愈々菅のボスとも言える安倍晋三政権時代の検証に着手したのが本作。祖父が「昭和の妖怪」と呼ばれた岸信介元首相、父が総理大臣候補の呼び声が高かった安部晋太郎という、生まれながらに政治家になる運命だった安倍晋三。結果的には、戦後に限れば吉田茂以来の国葬が執り行われた偉大な政治家という事にされてしまったのだが…。製作中途で安部が銃撃事件で亡くなって取材も困難になり、完成が危ぶまれたが何とか公開まで漕ぎつけた。『パンケーキ~』でナレーター務めた個性派俳優・古館寛治が、本作でも担当。

 

 国会審議で野党に対する誹謗中傷発言があったと言われても開き直る安部だが、選挙演説のヤジにはマジ切れ。でも選挙では無類の強さを発揮。2016年には高市早苗総務大臣に電波提供停止の可能性もあると発言させTV報道の政権批判にプレッシャーをかけ、翌17年には森友学園問題に妻が関わったとの疑惑に「それが事実だったら総理大臣も国会議員も辞める」と大見得を切った事で、財務省の「忖度」が生じ良心の呵責に耐えれなかった財務局局員の自殺という悲劇を生んだ。更に普通に考えて加計学園獣医学部新設の要望を知らなかった訳がないにも関わらず、安部は「知り得る立場にありましたが知らない」と国会で珍解答を…。

 

 安部晋三に纏わる疑惑については色々な事が既に言われているが、本作を見て改めて彼の発言の薄っぺらさを実感する。どの発言にも重みという物が全く無く、本音が垣間見られるのはヤジを浴びた時と虚偽発言だと責められた時。まるで「キレ易い若者」だ。凡そ政治家の資質なんて持ちわせていない様に感じられる彼が、長期政権下でやりたい放題の事をやってきた背景には、彼個人の資質のみでは検証できない物があると思う。その意味では、本作の演出はその発端を安部の家庭問題に求めている所に視点の甘さを感じる。本作を完成させた功績は買うが、結果的には前作に比べブラックユーモア的要素を欠いた陰々とした作品に。

 

作品評価★★★

(唯一笑えたのは、報道機関を委縮させているとの野党の追及に、安部がウケを狙った顔で「『日刊ゲンダイ』を見て御覧なさい。萎縮なんかしてないじゃないですか」と答弁する所。讀賣ジャイアンツも批判し続けるタブロイド紙・日刊ゲンダイの名前が首相の口から上がるとは!)

 

映画四方山話その994~役所広司の、日本映画に対する提言

 今年5月、世界3大映画祭の1つ、カンヌ映画祭(フランス)で男優賞を受賞した役所広司。そんな日本映画界のトップに位置する俳優である彼が、日本映画の現状に触れるインタビューがネット記事に上がっていたので、どんな物かと思い読んでみた。

 まず率直な感想を言えばかなりマイルドな印象。日本映画の現状に相当な毒でも吐いているのかなとも推測していたのだが、自分がここまでの存在になれたのは、日本映画の個性的な監督の作品に出演してきたからとの自覚が本人にあるのだろう。具体的な行動としてはフランスの国立映画映像センター(CNC)をモデルとした、興行収入と放送、配信事業者からの徴収を財源に教育、製作、流通の支援や労働環境保全のために支援金を分配し映画業界が共助するための基金の立ち上げを日本でも目指そうという会を作り、活動しているという。日本にも才能がある監督がいっぱいいるんだから、そういう人が自由に作品を撮れる余裕が出来るシステムが生れればいい…との事。

 同会はそれを目指し日本映画製作者連盟(映連)と話し合ってきたが進展はないらしい。映連メンバーの映画会社は東宝、東映、松竹、KADOKAWA…って、先日このコラムで問題視したKADOKAWAが入っているというだけで、進展は絶望的だろう。「相当な覚悟で日本映画界に才能が集まるような環境を作らないと難しい。先のことは考えないで今を守っていくことをやっていくと、日本映画の未来は絶望的になる」と役所広司は提言するが、件の4社にはそんな未来の映画界の展望なんかどうでもいいのではないか。

 今年東宝系で公開された『名探偵コナン』劇場版の最新作『黒鉄の魚影』が興収148億円を突破したという。驚異的な数字に驚くがこれだけの結果を挙げている以上、東宝が『コナン』他のアニメ路線を更に強化していくのは必至で、新しい才能を育てるなんて発想は蚊帳の外。自分の会社が儲かりさえすればいいんだ…としか考えていないはず。他の三社も似たり寄ったりで、こういうメジャー会社を頼るのは自体が徒労とすら感じる。

「日本映画界」でなく「日本映画」が生き残る道は、こういうメジャー会社の協力を当てにせず、国の枠を超え世界規模でネットワークを広げ、映画作家が活躍する場を作っていく以外にないと思うのだが、そういうシステムが完全に確立する頃には、俺は多分くたばってこの世にいないのではないかしらん。