舞台は大阪・釜ヶ崎。お鹿(三益愛子)は昔奉公していた地主の土地で簡易旅館「釜ヶ崎荘」を経営。息子の健太(高島忠夫)を管理人にし宿泊者のみならず健太や娘・咲からも一日の宿泊料30円を取る。地主の娘・初枝(草笛光子)はお鹿に立ち退きを要求するが受け入れる訳もなく自らも妹と共に釜ヶ崎荘の住人になっているが、妹・絹は健太と恋仲なので今の境遇にも不満がない様子。金目当てにお鹿の義弟と称する彦八が現れるが、お鹿は気を許さず…。

 

 菊田一夫作の同名舞台が当時としては空前のロングランを記録した事から東宝が映画化権を獲得、監督は『大番』シリーズでヒットを飛ばした千葉泰樹、脚本は『社長』シリーズなど喜劇劇映画を中心に執筆した笠原良三が担当し製作された。現在でも関西最大のドヤ街「あいりん地区」(昔放浪旅行の途中に立ち寄った事がある。凄い場所だった…)がある釜ヶ崎を舞台に、ドヤ街で図太く生きる婆さんを中心に描く人間ドラマ。主演の三益愛子は舞台版、64年に放映されたテレビ版でもお鹿婆を演じた。お鹿が可愛がる戦災孤児テコに扮したのは、当時子役として活躍していた中山千夏。彼女も舞台版で同じ役。他にも豪華な共演陣が出演した。

 

 埒が明かないので初枝は裁判に訴える事を決意。やはり釜ヶ崎荘住まいでロシアンハーフの占い師の妻持ちの熊は初枝の体目当てでいい弁護士を紹介してやると初枝を旅館に呼び出して抱いた末、土地の権利書を提出させてこっそりこの地を縄張りにしている親分に大金で売ろうとするが、僅かな金で買い叩かれてしまった。健太はお鹿と貯め込んでいるお金を少しよこせと争う内にお鹿が気を失って倒れ、死んだと勘違いした健太は大騒ぎして一騒動に。その隙に彦八は金を盗み出そうとするが、テコが機転を利かして阻止。騙されたと知った初枝は憎しみのあまり熊を刺す。熊の死体に群がる釜ヶ崎荘の住人は身ぐるみ剥がしてしまい…。

 

「地獄の沙汰も金次第」を地で行くドヤ街の住人たちの図太い生態が描かれる。その象徴がお鹿婆さん。息子や娘からも平気で集金し娘が美人局でシノギしていても平然とした顔。正にがめつい奴なのだが、開き直る事はあっても人を裏切ったり心を弄ぶ事はしない「愛されキャラ」なのだ。それと対照的に描かれるのが初枝。ドヤ街住まいの身になっても戦前のお嬢様感覚が抜けず、世間への疎さ故ロクデナシの代名詞みたいな奴(熊を演じるのが森雅之。成瀬己喜男作品などモテ中年キャラの面影ゼロの名演!)にコロリと騙されてしまうのが切ない。そんな人生の悲哀を感じさせつつも娯楽映画としては過不足ない出來映えで退屈せず済む。

 

作品評価★★★★

(原作の功績大だとは思うけど、今の殺菌済みな日本映画にはない人間臭さがあるのはこの時代のプログラムピクチャーならではであろう。開高健の『日本三文オペラ』と似た感じ? ラスト近くで珍しく人情味を見せたお鹿婆さんが天王寺公園で…というラストシーンも痛快)

 

映画四方山話その897~日本一のセレブ芸能一家・川口家

 三益愛子といえば戦後大映で数多く製作された「母物」映画で一世風靡したスター。今観ると随分ベタな印象がある母物映画だが、戦争などで生き別れになる親娘も多かった時代ではそれなりにリアルだったのだろう。母物に主演し始めた頃三益愛子は『愛染かつら』で知られる直木賞作家・川口松太郎の愛人という日蔭の身だったが、51年に川口と正式に結婚し生まれた子供たちは全て俳優になり、長男の嫁も女優という日本一の芸能一家になった。

 後年はテレビ朝日『水曜スペシャル』の「川口浩探検隊」で知られた長男・川口浩は、母と同じく大映でデビューし、ちょっととっぽい若者像を演じて大映のスター女優と軒並み共演。巨匠の作品にも多く出演したが、個人的には増村保造作品の印象が大である。その内の『くちづけ』(57)『巨人と玩具』(58)で共演した野添ひとみと結婚。俳優業は70年代半ばで辞めてしまった。その背景にはやはり俳優を辞めても食っていけるだけの財力があったみたいで、両親が亡くなって随分経っても遺産物件が出てきたりしていたという。

 次男の川口恒は映画方面では60年代末に日活に所属し10本ぐらいの出演作があるが、多くの人が記憶しているのは『犬神家の一族』(76)犬神家の財産と犬神家の遺産相続者・野々宮珠世(島田陽子)の体を狙う犬神佐智役だろう。その陰気なキャラを売りにしていけば俳優として花開く機会もあった…と思われるが。

 その佐智の恋人役として出演していたのが浩、恒の妹・川口晶。兄妹なのに映画内では男女の仲というのは微妙な心境だったと思うが…。恒と同じく映画での印象は『犬神家~』しかないのだがTVドラマではセレブな出自とは真逆な、庶民的かつ芯の強い娘役を多く演じ、俺もガキンチョ時代から彼女の事は知っていた。

 意外な話題では東映で映画化が予定されていたが企画段階でポシャった『実録・共産党』の脚本(笠原和夫執筆)を川口晶が気に入り『犬神家~』に次ぐ第二弾の角川春樹映画事務所映画として深作欣二監督、彼女がヒロインで『いつかギラギラする日』と改題して製作発表する寸前まで行ったが、角川と笠原間で粉砕し結局実現しなかった。川口晶が適役だったかは別にして、この企画は是非実現して欲しかったが…。

 三男の川口厚は、73年に放映されたTVドラマ『青い山脈』(主演・志垣太郎)で初めて観て、川口姓なので川口浩の弟かな…と思っていたらそうだった。他のドラマでは観た事がなく馴染みは薄かったが、青春映画『さらば夏の光よ』(76)で全く冴えない男なのに親友の主人公(郷ひろみ)に好きな娘(秋吉久美子)との仲を取り持ってもらう果報者を演じており、そのダウナーな芸風は印象に残った。俺も若い頃から同種の冴えない男だったが、周囲に本作の郷ひろみみたいな「いい奴」は皆無で…。

 浩みたいなスターにはなれないと思うけど、弟や妹も個性的な俳優としてやっていけるのでは…と思っていた矢先、彼らは何れも78年に麻薬取締法違反で逮捕されて芸能界からの引退を余儀なくされた。芸能人兄妹がいっぺんに逮捕されるのは前代未聞で、当然ながらマスコミも大騒ぎしたが、後の国民的女優の時みたいに親の責任を云々される事もなく、三益愛子の謝罪コメントというのも聞いた記憶がない。そもそも成人した子供の親の責任を問うても何の意味があるのか?と思うし、国民的女優の場合は親が矢面に立った事が、余計息子をグレさせる原因に繋がった風に感じる。

 子供の頃雑誌の芸能人記事を見たら三益愛子、浩&野添、恒、晶が同じ住所だと書かれてあって(個人情報ダダ洩れ)、それだけで壮観な感じがした。三益愛子の孫が芸能界入りしなかったのは、もう「芸能一家」とレッテル貼られる事に疲労感があったのかもしれない。もしキムタク&工藤静香に孫が生れたら結局芸能人になっていきそうな予感がするけど、それが昭和と平成以後の時代感覚の違いなのかしらん。