在籍する『ムーンライダーズ』の目まぐるしい活動とは対照的に、鈴木博文のソロ活動は80年代後半から90年代にかけて地道にかつ着実にアルバム発表を重ねていってる感じだった。何処かうら寂しさを感じざるを得ないその音楽世界は地味ではあるが俺の耳に絡みついて離れる事はない。

 確か90年に今は無き『日清パワー・ステーション』でソロライブを観た事もあったっけ。パワー・ステーションは従来のライブハウスとは一方変わった、バブル時代だからこそ存在した様なハコで、俺は二階席の手すりにもたれかかりながら上から見下ろすみたいな形で鈴木博文の演奏を聴いた。

 さっき聴いた『ライブ・アット・ザ・クアトロ 2000・5・18』はそれから約10年後のライブを収録した2枚組CD。アーテイスト名義は『HIROHUMI SUZUKi&GREAT SKIFFLE AUTREY』で『THE SUZUKI』(鈴木慶一&博文)の1stCDからバンド名を拝借。メンバーもそのアルバムに参加していた青山陽一、青木孝明を含む、博文が主宰する『メトロトロン・レコード』周辺のミュージシャンが参加している。

 

 DISC1は13曲収録。トラック1『フェンス』は1stアルバム『Wan-Gan King』収録曲。ライブヴァージョンでは西村哲也のマンドリンや川口義之のサックスが加わりソロライブではない、バンドらしい音の厚みが加味されている。2曲目『KUCHA KUCHA』も1stアルバムの曲。川口のサックス、西村哲也のスライドギターがフイ―チャー。トラック3『穴』トラック4『ネオンサインマン』トラック5『オチョーシモン』は3rdアルバム『石鹸』収録曲。どの曲もバンドスタイルになってサウンドも幾分タイトになっている感じ。

 トラック6『Bomb』はこのライブの時点での最新アルバム『Birds』収録曲。博文のアコースティックギターを主軸にした軽快なサウンドだが、「あと十年じっとして爆弾になろう」という歌詞はエグい。人間誰しも胸中に不発弾を持っていてもおかしくない…という訳か。トラック7『家には帰れない』トラック8『君の場所で風になった』は9枚目のアルバム『湾岸ロックタウン』収録曲。共に中年世代ならではの閉塞状況を唄った歌詞は、今聴いても身につまされる物があるな。『君の~』の、西村のエグいギターソロも必聴か。

 トラック9『ユージュ―フダンな男』は『石鹸』収録曲、トラック10『ブルー』は6枚目のアルバム『孔雀』収録曲。トラック11『どん底人生』は1stアルバムの後に発売された4曲入りCDの表題曲。何れもこの時期の博文の代表曲。トラック12『朝焼けに燃えて』は2ndアルバム『無敵の人』収録曲で8分近く切々と唄い続ける大作モードになっており、彼の文学的資質のある詞世界が最大限に発揮された曲…と言えるだろうか。 トラック13『杭の男』も『石鹸』収録曲。シンプルな演奏をバックに軽い諦観を漂わせるこの曲でDISC1は終了。

 

DISC2のトラック1~4までは『Birds』収録曲が続く。トラック1『Breath』はエレキギターの弾き語り、トラック2『Red Moon Trip』はマンドリンをフィーチャーしたトラッド色を感じさせるアレンジ、トラック3『Sad』は自分の子供に向けて唄っているのではないかと思われる詞で、子供が成長していく事に対する漠然とした哀しみが唄われている。トラック4『隣人』はそれまでの3曲とは違うアップテンポなナンバーでユニークなアレンジの演奏が面白い。

 トラック5『晴れた日に』は『無敵の人』の1曲目に入っている、これもソロ活動初期の代表曲。トラック6『JITABATA』は『石鹸』収録曲、トラック7『Lonely Man』は『Birds』収録。『Lonely Man』は彼の曲として結構エキサイティングなロックチューンで、アンコール前の曲だからかこれも8分越えの熱演。これもエグいスライドギターがたっぷりフィーチャーされており、思わず聴いている方も熱くなってしまうよね。

 アンコール1曲目と思われるトラック8は、若い頃あがた森魚に提供した曲であがたの代表曲にもなっている『大寒町』を披露。アンコール2曲目のトラック9『風におどる』は5枚目のアルバム『処方箋』収録。博文の弾くアコースティックギターを主軸にした、ソロ活動の原点に戻った様なテイストの演奏でクアトロのライブは〆となる。

 

 2000年という節目の年にこの大作ライブアルバムを発表したのは、それまでの活動の集大成という意味があったのかもしれない。俺の一番好きな曲で今後の俺自身の人生のテーマソングとも言える『Early Morning Dead』が収録されていない(90年に観たライブでも唄ってなかったし、もしかしたら封印されている?)のはやや残念だが、最新アルバムからの曲が多い事を考慮してもこの時点でのベストの選曲だと思うし、博文ならずバックで参加したミュージシャンの熱演ぶりも評価するにやぶさかではない。

 しかしゼロ年代に入る頃にはCDの売り上げはどんどん減ってしまい、鈴木博文のレコーディングペースも遅くなっていった模様。音楽が消費物としてしか扱われていない様な現状を今更嘆いてみても詮無き事ではあるが、鈴木博文みたいな「うた」を聴かせる音楽家の存在はこんな時代だからこそ貴重になっていくのではないか。取り敢えず『メトロトロン・レコード』は現在も鋭意?活動中ではある。