宅配ドライバーのゴヌ(カン・ドンフォン)は配達途中に人気アイドル・スアに襲い掛かる暴漢を撃退した事で「勇敢な市民賞」を受賞、一躍有名人になったがゴヌは浮かれる事もなく今日も淡々と業務に励む。そんなある日高校時代のバンド仲間で今は保険の外交員をしているムヨルから会いたいとの連絡が入る。保険の勧誘だと思ってゴヌは気軽に応対するが、ムヨルは複雑な表情。そんな二人の眼の前で有力大統領候補ヨ・ヨングツが乗った車が大爆破する…。

 

 一時期映画化が相次いだ伊坂幸太郎の小説。『ザ・ビートルズ』のアルバム『アビイ・ロード』に入っている同名曲にインスパイヤされて書かれた『ゴールデン・スランバー』もその一つで、10年に中村義洋監督、堺雅人主演で公開されヒットを記録。本作はそのリメイクとなる韓国映画。韓国の人気スター、カン・ドンフォンが原作を読んで感銘を受け、自ら製作会社に企画を持ち込んで実現した映画化だと言われている。本人の全く知らない所で大統領候補暗殺犯に仕立てられた主人公に逃走劇を描いたサスペンス作品。共演には韓流ドラマの主演で爆発的な人気が出て日本映画にも出演している清純派女優ハン・ヒョジュなど。日本公開は翌19年。

 

 驚くゴヌにムヨルは携帯電話のメモを渡し「誰も信じるな」と言い残し宅配車を運転して駐車場へ行き車は自爆。唖然とするゴムに何者かが迫る。慌てて逃走し恋人のユミの家へ逃げ込むゴヌ。TVではゴヌが大統領候補暗殺犯として大々的に報道されていた。ムヨルの遺言が頭をよぎったゴヌにユミが襲い掛かる。ユミもゴヌを追う一味の仲間だった。何とかユミを撃退し逃走したゴヌに後輩のジュホからの連絡が。送られてきた映像の中でジュホは椅子に縛り上がられ謎の男に殺される。殺した男はゴヌにそっくりの顔だった。やがてゴヌは彼を追っていた集団の元締め、国家情報院のファン局長に捕まり自分が巻き込まれた陰謀の全貌を知る…。

 

  国家組織に大統領候補暗殺犯に仕立てられてた男の逃走劇というストーリーはオリジナル作品と似ているが、違うのは主人公を助ける存在として昔のバンド仲間が関わっている事。バンドのマネージャーでゴヌの元恋人だったソニョンはラジオ放送で交通情報を担当するアナウンサーという立場を生かしゴヌの救命に尽力、元バンドメンバーたちもゴヌを信じ続けて裏切らない。ムヨルも一旦はゴヌを暗殺犯に仕立てる計画に加わりながらも最終的には身を挺して回避した。そんな友情で結ばれた仲間たちと陰謀を巡らす国家秘密組織が対峙する展開が見どころ。リアリティあるストーリーと言えないが、ヒューマンな結末には一応の爽快感が。

 

作品評価★★★

(小説というより漫画の映画化みたいな大風呂敷的なストーリーに好き嫌いがあるかもしれないが、俺は結構良かったな。役柄がそう見せているのかもしれないけど、主演俳優の顔が堺雅人に似てるぞと思ったのは俺だけだろうか。ヒロインのハン・ヒョジュは普通に可愛かった)

 

映画四方山話その710~相米慎二映画を語る・最終回

『お引越し』以降の相米慎二の作風は変わった。簡単に言えば人間ドラマを描くようになっていった。凝縮された虚構世界の中で躍動する少年少女を描いて来た初期作品とは違い明確なテーマが存在する。それは映画マニア向けする監督と思われてきた相米にとって新たなステップだったのかもしれない。 

 ただそれが俺みたいなど映画マニアには必ずしも歓迎すべき事ではなかったのかも。『あ、春』(98)がキネマ旬報ベスト・テン第一位に輝いていた事を俺はさっき検索して改めて知った(多分リアルタイムでは知っていたはずだが、もう忘れていたのだ)。無暗な1シーン1カットにも拘らない重厚な演出に豪華な出演者たち。脚本が中島丈博というのも意外だ。堂々たる作りの作品だったが、ただ俺のイメージしてきた相米映画ではなかった。だからからか今『あ、春』の事を思い起こそうとしても、確たる記憶はもう失われている。

『夏の庭 The Friends』(94)は三人の子供が一人暮らししている老人(三國連太郎)に興味を持つ事から始まるヒューマンドラマで、老人が語る戦争の悲惨さは、子供たちが老人と別れた奥さんの偽者(淡島千景)の仲を取り持つというストーリーの中で幾分薄められてしまった気がしたが、戦争など想像上の物以上ではない子供世代と、真っ当に戦争の悲劇を照らし合わせても意味がないだろう…と相米は思ったのかもしれない。

 遺作である『風花』(01)はひょんな事から知り合いになった文部省高級官僚(浅野忠信)と子持ちのピンサロ嬢(小泉今日子)の、北海道を舞台にしたロード・ムービー。舞台が北国だからでもないだろうが何か寒々とした印象ばかりが残った。紆余曲折あって女は娘と一緒に再出発する事になるが、文部省を解雇された男の方には明るい展望は見い出せない。「超大物」の小泉今日子がキャステイングされると何か作り手が委縮して忖度しちゃうイメージがあったが、相米慎二であってもそれは変わらなかったな…。遺作になったという事情もあり寂しさが否めない作品ではあった。この後相米は浅田次郎原作の『壬生義人伝』を映画化する予定だったという。代わって滝田洋二郎が監督した『壬生義人伝』(03)は世評程いいと思えなかったが、これを相米が映画化したいと思った事自体がアンビリーバブルな事に感じたのは俺だけか。

 結局俺は最後まで映画マニア目線でしか相米慎二映画を観れなかったのだろう。一番最後に観た小品的な相米映画「東京上空いらっしゃいませ』(90年。長い間未見でV鑑賞)がやに良く感じたのもその反動なのだろう。相米以外の監督が撮ったら絶対失笑されそうなファンタジックな世界観。挿入歌『帰れない二人』(井上陽水)が心に染み入る、「歌もの映画」としても傑出した作品であった。相米慎二がハチャメチャやっていた日本映画の時代にも、もう帰れない…。