レバノンの貧民窟で暮らす一家。ゼイン(ゼイン・アル・ラフィーア)は子だくさんで酒ばかり飲んで働かない父親の代わりに、学校にも通わず自家製ジュースを路上で売ったり、大家のアサードの下働きをしたりして一家の生活を支え、母親の指示で薬局から集めた錠剤を洋服に水で沁み込ませ、刑務所に差し入れと称し麻薬中毒者に売りつけていた。そんなゼインの一縷の希望はすぐ下の妹サハル。ところが両親は大家の望みで年端もいかないサハルを大家の妻に…。

 

 アラビアの小国レバノンから登場した作品。舞台はベイルートの貧民窟。自分の年齢すら正確に分からず働きづめの少年が、最愛の妹と離れ離れになった事をきっかけに更なる過酷な生活を強いられる…という衝撃的なストーリー。レバノン人監督&女優のナディーン・ラバーキーが監督&脚本を担当。主役の少年に扮したゼイン・アル・ラフィーアは撮影当時実際にベイルートのスラム街に住んでいたシリア難民だった。彼自身の体験談を織り込んだストーリーになっているとの事。撮影六カ月、編集作業に二年を費やした労作で、第71回カンヌ国際映画祭コンテペイション部門にて上映され審査員賞を受賞。以降世界中で公開されヒットを記録した。

 

 必死に止めようとするゼインだがサハルは連れていかれてしまった。激怒したゼインは自棄のあまり家を飛び出してしまう。なけなしの金でバスに乗ったゼインは降りた街で仕事がないかと周囲に訊いて回るが相手にされない。紛れこんだ遊園地で一夜を明かす事になるが、ひょんな事からそこで清掃員として働くエチオピアの女性ティゲスト(ヨルダノス・シフェラウ)と知り合い彼女の家で世話になる。ティゲストはまだ幼いラハスという息子がおり、ゼインはティゲストが働いている間ラハスの面倒を見る。ティゲストは不法移民で偽装パスポートしか持っていない。それを再発行する為には大金がかかる。金策に悩む彼女が警察に拘束されて…。

 

 冒頭とある事件で逮捕されたゼインが裁判で両親を訴えるという驚きのシーン。彼の回想という構成でストーリーが展開。まだ初潮を迎えたばかりの少女が結婚させられたり、子供を商品の様に売買する様な過酷な状況の中で、母親が拘束され幼児と二人きりになったゼインが何とか生き延びようとする姿が感動的だが、そういう安っぽい同情を拒絶する様に現実は転がり続ける。逮捕されたゼインと鉄格子ごしに再会したティゲストが「息子はどこにいるの?」と悲痛に叫ぶシーンが痛ましい。あくまでも両親を拒絶するゼインの頑なな意志の強さも印象に残る。夢も希望もない世界観だがラストはハッピーエンドになっており、何かホッとさせられる。

 

作品評価★★★★

(同じくカンヌで絶賛された『誰も知らない』を連想させられるが、母親のエゴイズムの犠牲になった『誰も~』の少年少女とは根本的に違う貧困状況がリアリズム演出で描かれている。ラストシーンは甘いという批判もありそうだが、そうでもしないと作り手もやりきれなかったのだろう)

 

映画四方山話その680~代々木忠の引退

 

 某週刊誌にて代々木忠が引退宣言した…との報道があった。アダルトビデオの世界で巨匠的扱いを受けてきた代々木忠だが、新型コロナウイルス禍になってからは密を避ける意味で新作Vを発表しておらず、コロナ禍が収まらないので引退を決断した…との事。尤も映画監督としての代々木忠はもう随分前から引退状態になっており、ドキュメンタリー『YOYOCHU SEXと代々木忠の世界』(11)の撮影対象者となったのが映画界と関わった最後であったのだが。

 85年だったと思うが東京の三河島にあった『日暮里金美館』という映画館で代々木忠の作品を観て驚愕した。出演した女性が自慰行為をするのを代々木監督が自ら撮影する…というシチュエーションだったが、出演女性が従来のピンク女優とは全く違う垢ぬけた印象だった事(確か元ミス日本絡みの女性も出演していた記憶が…)、俗に言うSEXシーンも無しにエロい映像が出来てしまう事がロマンポルノ世代の俺には想定外だった。当時の俺はビデオデッキも持っておらず、アダルトビデオの類も観た事がなかったのだが。

 

 しかしそれから数年後、アダルトビデオを「キネコ」と呼ばれる方法でフィルムに起こして上映していた代々木監督の作品を「猥褻すぎる」「ストーリーがない」との理由で映倫が審査拒否した事で代々木監督の映画監督としてのキャリアは終わった。代々木監督は言わばエロの本流が映画からビデオへと変遷していった80年代で橋渡し的な役割を担っていた…と言えるだろう。

 ピンク映画時代はまず製作者側としてプロダクションを設立、ロマンポルノの下請けとして製作した作品が警察に摘発され「日活ロマンポルノ裁判」に被告として法廷に駆り出される。他の被告監督は大卒を経て日活に入社したインテリで、やくざ経験もある彼は別枠みたいに扱われていた印象。日活の下請けで山本晋也監督の『未亡人下宿』のヒットシリーズを生み出した一方で自ら監督業にも乗り出す。

 その当時の代々木作品はあまり観た事はないが、フェイクドキュメンタリータッチの演出は異色だった。だが普通の劇映画を撮らせると凡庸でしかなかった。資質的に劇映画的なセンスはあまりなかった人ではある。

 そんな彼にとってアダルトビデオというジャンルは水に合っていたのだろう。結果一連のキネコ作品とアダルトビデオ演出の成功で代々木忠は世田谷の一等地に豪邸を建てた、日本の映画監督界で唯一の人になった。その代々木忠が引退した…という事は販売を目的とされる旧来のアダルトビデオからネット動画へと流れつつある「エロ」の現状を象徴しているかの様に思われるのだが。

 ちなみに前述の代々木映画に出演していた女性の一人が85年8月12日の日航機墜落事故の犠牲になった事を後で知って、ちょっとばかし切ない気持ちに駆られたを記憶している。