映画撮影現場を見学中知り合った俊太郎と梅子。二人は便所の掃除口から活動小屋に侵入し売れっ子活弁士・山岡秋聲(永瀬正敏))の名調子を堪能。俊太郎は弁士に、梅子は女優に憧れていたが梅子は引っ越してしまう。10年後。俊太郎(成田凌〉は巡業映画一座の弁士に採用されたが、実はこの一座は映画を観に来ている客の家に空き巣に入る窃盗団だった。脅されて渋々命令を聞いていた俊太郎だがある時隙を見て盗んだ金を詰めたトランクと共に逃走…。

 

 ヒットメーカー・周防正行五年ぶりとなった最新作はまだ日本にトーキー映画が出現する前の無声映画全盛時代が舞台。映画ではなく活弁士に憧れる主人公が心ならずとも悪党の片棒を担ぐことになってしまった事を発端にしたコメディ。常に自分で脚本も書いてきた周防が、今回初めて他人(片岡昌三)に脚本を委ねている。モデル出身で16年辺りから俳優として映画に多く出演、2019年度のキネマ旬報ベスト・テンで助演男優賞を獲得した成田凌が主演、ヒロイン役には沖縄出身で22年のNHK朝のテレビ小説のヒロインが決まっている黒島結菜。共演は永瀬正敏、高良健吾、小日向文世、竹ノ内豊などに加え周防映画常連役者たちも。

 

 俊太郎は憧れの國定忠治から取った國定俊太郎の偽名で活動小屋「青木館」に下働きとして雇ってもらう。そこにはあの山岡が所属弁士として在籍していたが、山岡はアル中で出番を飛ばす事がしょっちゅうでイケメン弁士・茂木の人気が沸騰。しかし青木館は隣町にできた「タチバナ館」に客を奪われて苦しい経営。ある時例によって山岡が酔い潰れて出られず、代わりに俊太郎が立候補して山岡の真似をして弁士をやった所大受け。山岡からの叱咤もあり青木館きっての人気弁士になるが窃盗団の連中に見つかり喉を潰されかかる。嗄れ声で壇上に出た俊太郎を助けたのは梅子、今は新進女優の沢井松子(黒島結菜)だった…。

 

 冒頭から大昔の東映マークが出て(本作の配給は東映)かなりマニアックな作品かなと思ったが、そういうマニア心を散りばめながらも内容は分かり易いコメディ―になっていた。お尋ね者になりながらも活弁士への夢を捨てきれない主人公と、まだ無名だが成功を掴もうとするヒロインが再会するが行き違い風になり結ばれる事なく終わる。でも本作にはウェットな部分は皆無。クライマックスの、無声時代のドタバタコメディ―を意識ぽいチェイス劇風な演出が面白い。ただ面白さ以上の「感動」を本作に求めるのは難しそうだ…。成田凌の活弁は結構板についていた。周防組常連俳優の中ではセコイ楽団員役の徳井優がいい味出している。

 

作品評価★★★

(昔のフィルムは可燃性で燃え易いなんて事も劇中展開の重要な要素になっており、そんな映画マニアサイドの顔をチラ見せする辺り往年の周防作品を彷彿させる所があったり、結局監督自身が一番楽しんでるのではないかと思ったり。沢井松子のモデルはいるのかな?)

 

映画四方山話その663~最初に観たカツベン映画は『出来ごころ』

 

 青木館の恐妻家の館主(竹中直人)の役名が「青木富夫」になっているのは、映画マニアとしては初級レベルのネタだろう。青木富夫は「突貫小僧」名で子役として小津安二郎の『出来ごころ』(33)に出演している。喜八(坂本武)というお人好しの主人公が登場する「喜八もの」の第一作として、小津安二郎ファンには良く知られる名作。

 俺は上京したての頃に『出来ごころ』(33)を観ている。それまで小津安二郎の作品を観る観ない以前に、往年の日本映画は大島渚、黒澤明、若松孝二作品ぐらいしか興味がないバチ辺りな日本映画マニアだった。だが『出来ごころ』を観た辺りから徐々に日本映画の旧作を観る様になり、小津安二郎作品はV鑑賞を含めると今観れる範疇の作品は全て観てしまったのだから、人間変われば変わる物だなあとシミジミ思う。

『出来ごころ』は『カツベン!』内で多無声映画の映像を貸し出している『マツダ映画社』の主宰者だった松田春翠の活弁付きだった。台詞及び筋を説明しつつ所々でアドリブを入れて客を沸かす腕前には感心。ただ映像の説明だけしてればいい訳ではないんだな…というのが良く分かった。

 無声映画時代の小津は『出来ごころ』みたいな、庶民の喜びが哀しみを描いた作品が多かったみたいだが、戦後の小津作品はブルジョアとまではいかないにしても、庶民と呼ぶには躊躇われるお上品な人たちが多く登場して、根っからの庶民の生まれである俺には別世界だなあ…というのが正直な感想。大体小津の作品に度々登場する「社用族」が行くバーなんて、俺は一回も行った事が無いし(笑)。東京など関東圏育ちの人と、俺みたいなど田舎出身者では小津映画の捉え方にかなりの違いがあるのかもしれない。

 小津作品に限らず各監督作品に引っ張りだこだった突貫小僧は戦後復員して青木富夫名で松竹所属俳優になるが芽が出ず(小津はもう使おうとしなかったのか)、日活に移籍し脇役として膨大な作品に出演して活躍するのだが、大人になった突貫小僧のイメージが俺には湧かず、顔と名前が一致せずどの作品にどんな役で出演していたかは説明できない。ごく初期の日活ロマンポルノにも出演してたみたいだが程なく日活を辞めてフリーになった様だ。彼が「再発見」されたのは小津の評価が世界的に高まっていた90年代後半で『忘れられぬ人々』(01)では三橋達也、大木実と共にトリプル主演の一人に抜擢されている。俺は未見だが役者生活70年近く経ての主演はどんな心境だったのだろうか?

 そう言えば俺の友人に小津作品は一本も観ていないのに周防正行の小津パロデイのピンク映画『変態家族 兄貴の嫁さん』(84)は傑作と言ってる男がいて、どういう所が面白かったのか説明してくれと何度か尋ねてみたのだが、明瞭な返答は得られないまま現在に至っている。