競輪マニアの郁夫(香取慎吾)は勤めていた印刷所をリストラされ、以来同棲している亜弓(西田尚美)のヒモみたいな生活を送っていた。亜弓の父・勝美が末期がんになった為亜弓と引きこもりの高校生・美波(恒松祐里)は東北の故郷の実家に帰る事になり郁夫も同行。亜弓に競輪は辞めて真面目に働くと誓う。勝美の友人・小野寺の紹介で印刷所に勤め始めた郁夫だったが、仕事仲間に競輪好きがおり彼らに誘われる様な形で暴力団のノミ屋の店に通い詰め…。

 

『SMAP』を辞めて独立した香取慎吾、草彅剛、稲垣吾郎の『新しい地図』トリオ。ジャニーズ事務所に忖度しているTV界での露出は殆どなくなってしまったが、その分ジャニーズ所属時代には出来なかった仕事にチャレンジしている。本作は香取の『ギャラクシー街道』(15)に続く六本目の主演作品で、今年8月にヒット作『孤狼の血』続編公開が控える白石和彌が監督。東日本大震災の被害が膨大だった宮城県石巻市でロケを敢行。自堕落な生活から抜け出せない主人公の再生への道を描く。共演には西田尚美、『全裸監督』シーズン2への出演で注目される恒松祐里、白石監督作『凶悪』(13)の演技が強烈だったリリー・フランキーなど。

 

 或る日美波は些細な事から亜弓と喧嘩になり家を出て行って遅くなっても帰ってこなかった。心配になった亜弓は郁夫の車に乗って探し回るが些細な事から郁夫とも口喧嘩をし車を飛び出す。美波は見つかったが今度は亜弓が行方不明になり警察から亜弓が絞殺されたという悲報が。郁夫は結果的に自分が亜弓を死なせたのではないかと自責に苦しむ。殺人容疑で警察から任意の取り調べを受けた事で会社の上司の態度が豹変したのと、同僚がノミ屋通いをチクッた事で郁夫は激怒し会社で暴れてクビになる。自暴自棄になった郁夫は小野寺が心配して融通してくれた生活費などありったけの金を競輪につぎ込んで負け続けて…。

 

 主人公はどうしようもないダメ男。本来なら同情の余地などない存在だが同じ類のダメ男や脛に傷を持つ連中からは他人とは思えずシンパシーを覚えるのか、結構好かれているみたいだ。自棄になった主人公が競輪にのめり込むシーンが凄い。SMAP時代は香取がこんな役を演じるとは考えられなかったな。酷い目にあっても自業自得としか言いようがなく、殺伐とした白石演出がそれを煽るのだが、そんな最低な状況にも関わらず血の繋がっていない美波と勝美とは絆が深くなり、血が繋がらなとも家族関係へと発展していく展開に救いがあるというか、それと東日本大震災から立ち直りを図る人たちがリンクして感じられるのは俺だけか。

 

作品評価★★★

(SMAP時代は呑気に「両さん」を演じていた香取が新境地に挑むというか、人気スターの彼を主役に配する事で観客が引きかねない本作が多少とも受け入れ易くなった…という効果もあるのだろう。それにしてもリリー・フランキーは相変わらず上手いね。本職の役者も形無し)

 

映画四方山話その662~吉澤健

 今回の作品で大ベテランの吉澤健が強烈な存在感を発揮している。末期がんで娘が止めるのも聞かずに船を出す老漁師、郁夫が自暴自棄でにっちもさっちもいかなくなったのを見て自分の持ち船を売って大金を作りノミ屋の焦げ付き金を清算しろと勧める太っ腹ぶり。彼自身亜弓の母親と結婚するまでは刑務所生活も経験した程の荒んだ生活だったらしく、自分の若い時みたいな郁夫が他人とは思えないのだろう。事務所に乗り込み暴力団に殺されても仕方がない郁夫を救い出すシーンは感動的。

 

 問題作『天使の恍惚』(72)までは若松プロ作品には欠かせない男だった吉澤健(当時は吉沢健名)だが、若松プロの活動が退潮後は初期のロマンポルノに転出、田中登の初期の傑作『牝猫たちの夜』(72)ではソープ嬢とホモの若者との不可思議な三角関係を続けている奇妙な男を演じている。その後消息は途絶えたが東映作品『天使の欲望』(79)に主人公姉妹(結城しのぶ&有明祥子)間の確執の原因となる出稼ぎ男を好演し復活…かと思いきやまた忽然とスクリーンでは見かけなくなってしまった。

 その男、凶暴につき - 作品 - Yahoo!映画

 そんな彼が再度浮上したのは北野武初監督作品『その男、凶暴につき』(89)。『我に撃つ用意あり』(89)で久々に若松作品にも復帰し「月9」などTVドラマにも頻繁に顔を出す様になり脇役として公に認められる事になるのかな…と思いきや90年半ば辺りにはまたバッタリと消息は途絶える。聞く所によると関西の方に移住して役者以外の仕事をし、気に入った企画以外の映画出演はしない方針にしたそうだ。バブル景気以降の日本映画には気分がそぐわなかった…という事なのか。

 結果10年にスクリーンに復帰するまで20年近い月日を要した。さすがに今は役者以外の仕事はしてないと想像されるが…。白石監督が田中登作品のオマージュとして撮った『牝猫たち』(17)にも出演。若松プロ作品でアナーキーな若者を演じていた吉澤健も、今では髪も真っ白になり老人役を演じる様になった事は否応なしに時代の流れを感じ得ずにいられないけど、今回の演技の評価をきっかけにもっとスクリーンで活躍して欲しいと切に思う。

 ちなみに『凪待ち』には麿赤児、不破万作も出演しており、60年代のアングラ演劇界を担った『状況劇場』劇団員の面々が久々に再会を果たした事になる。吉澤健が初期の状況劇場で二枚目役者として活躍していた事はあんまり知られていないのではないかな?