退屈なサラリーマン生活に飽き飽きしていた岩瀬(木村功)は一念発起してもっとやりがいのある仕事をさせてくれと社長の加治(佐分利信)に談判。加治はそれを受けて銀座のバー『クレイブ』への借金にかこつけて店乗っ取りの手筈の段取りを命令。荒っぽくやり遂げた岩瀬を加治は裏仕事メンバーの一員として加える事に。大会社『桜ミシン』の乗っ取りにも一枚関わった岩瀬は、恋人・京子(水谷良重)の父・尾坂から一千万円の融通手形を騙し取ったが…。

 

 『華麗なる一族』(74)や『日本の首領』シリーズでの重厚な演技が記憶に残る佐分利信。戦前から活躍した名優の一人だが元々は映画監督志望だったらしく、その念願適って『女性と男性』(50)で監督デビューを果たし、50年代前半はキネマ旬報ベスト・テン常連監督だった。本作は佐分利信監督作品としては13本目に当る作品で、船山馨の同名小説を猪俣勝人が脚色、日映という独立プロで製作され大映配給。平然と悪に手を染めていく男たちの姿をシビアに描いた硬派脚本家・猪俣勝人らしい作品で主演も兼ねる佐分利信に木村功、現在二代目水谷八重子を襲名している水谷良重など。最近になり現存フイルムが発見された。

 

 違法すれそれの行為に何の罪悪感も抱かなかった岩瀬だが、京子に頼まれて尾坂の融通手形を買戻そうとして失敗、50万円の損害を出してしまう。それを知った加治は激怒し手下の榊原に命じて岩瀬をリンチ。裏で悪どい事を繰り返しながら家庭では理想の夫、理想の父の顔をしている加治を岩瀬は憎くてしょうがなくなり、元華族の出である加治の妻・阿津子を呼び出し加治の裏の顔を見せつけた末情交を迫るのだった。融通手形の行方を探し回っていた尾坂は加治一派に殺されてしまう。京子は父の怨みと阿津子に心変わりした岩瀬への腹いせで加治に岩瀬と阿津子の関係をバラしてしまう。飼い猫に手を噛まれた思いの加治…。

 

  猪俣が脚本を書いた渋谷実の傑作『現代人』(52)と同じく平然と悪事を繰り返す人間たちがテーマで、手を汚しても立身出世しようと考える木村功は『現代人』の池部良と似通ったキャラクターではある。しかし佐分利信の演出はブラックユーモア色の強かった渋谷演出とは異なりシリアスモード。にっちもさっちもいかなくなり阿津子との逃避行を目論む岩瀬に対し、手下に裏切られた事に逆上した加治は日頃の悪事の時の冷静沈着さを失い、結果的には二人とも自滅みたいな形で死んでしまう姿には「悪は栄えず」的な社会派監督・佐分利信ならではの倫理観めいた物が伺える。面白さという点では『現代人』に劣るとは言えど佳作の類か。

 

作品評価★★★

(『七人の侍』で二枚目役を演じていた木村功の小悪党演技が面白い。同じ年の成瀬己喜男作品『杏っ子』では佐分利信のライバル?山村聰演じる小説家の娘婿でありながら山村に敵愾心を燃やすダメ男を好演しており、本人としては脱『七人の侍』を試みていた時期かも)

 

映画四方山話その660~背水の陣だった小谷承靖監督最後の企画

 2013年に俺は『ラピュタ阿佐ヶ谷』で往年のアイドルグループ『フォー・リーブス』主演映画『急げ!若者 TOMORROW NEVER WAITS』(74)を観た。ジャニーズ事務所が製作に絡んだ所謂アイドル映画だが一部で高い評価を得ており(この作品の映画評で寺脇研はプロの映画評論家としてデビューしている)、期待に違わぬ熱い好編であった。上映終了後特にトークショーの予定もなかったのだが、監督の小谷承靖がスクリーン前に現れてトークをした。

 当時小谷監督は80歳目前だったと思うが年齢を感じさせない矍鑠ぶりで、トークにも淀みはなかった。話は谷口ジローの漫画『父の暦』の映画化権を獲得し映画化に向けて動いており、日本芸術文化振興会からの助成金を申請し好感触を得ているのだが、ただ決められた時期までにクランク・インに漕ぎつけないと助成金をもらえない、だからご協力願えないか…という事であった。

 つまりその場にいた20人くらいの観客に向かってスポンサーになってくれませんか…という懇願だったのだ。色々と出資元を募ってみたが製作資金を出してくれる所はなく、ダメ元、背水の陣の積りで自分の作品の上映に集まった我々(リアルタイムでフォー・リーブスのファンだった御婦人たちの姿もチラホラ)に向けてアピールした…という訳。

 しかしそう言われても困るというのが正直なところ。「カンパ」だったらなけなしの財布から幾らか協力してもいいけど、俺に限らず真昼間に日本映画旧作専門館に集う人たちにウン百万、もしくはウン千万の金を出してくれと言われても土台無理な話で…。当然そういう藁をも掴むみたいな話は成立しなかったみたいで『父の暦』は映画化されず、助成金の話も骨折り損になってしまった。もし実現すれば小谷監督としては約30年ぶりの映画作品となったはずだが。撮れずの期間が長かっただけに小谷監督の無念はいか程の物だったのか…と考えると胸が少々痛くなった。

 去年末小谷監督の訃報が伝えられた。『急げ! 若者~』もそうだが東宝でアイドル映画を多く撮った典型的なプログラムピクチャー監督だったが海外畑での監督作品もあり、決して職人監督に留まるレベルの才能ではなかった…と思うのだが。それだけにオリジナル企画である『父の暦』の映画化は是非とも実現して欲しかったな。