まず最初に言っておかないといけないのは、俺は本書が想定している読者層(フイッシュマンズの熱狂的なファン)とは言えない。フイッシュマンズのアルバムはキャプテンレコードから発売されたオムニバスアルバム『パニック・パラダイス』(2曲参加)、セカンドアルバム『King Master Geodge』、4thアルバム『ORENGE』、7thアルバム『LONG SEASON』(アルバムといっても1トラックのみ収録だが)を聴いた事があり、そして06年に行われた『THE LONG SEASON REVUE』名阪ツアーのライブの模様を編集した同名映画は映画館で観ている。つまりフイッシュマンズの最高傑作とされる6thアルバム『空中キャンプ』を聴いた事がないという体たらく。だから本来本書を読む資格も、フッシュマンズについて語る資格も俺は持ち合わせていないと突っ込まれても仕方がない。

 そんな俺が何故本書を購読したのか…と問われれば、それは90年代のバンドブームの「光と影」について考察する手がかりになるのでは…と思ったからだ。80年代末より日本の音楽業界に起こったバンドブームは、本書にも書いてある様に「ライブが終わって楽屋に行ったら常にレコード会社社員と名乗る人が話をしたいと待っている」青田刈り状態になっており、所謂大学軽音部育ちバンドだったフイッシュマンズもその流れでメジャーデビューしている。最初のアルバムが海外レコーディング(オーストラリア)だったというから当時のバブル景気が伺えるが、そこでプロデューサーのこだま和文(レゲエインストバンド『MUTE BEAT』のリーダー)から啓示を受けた事でフイッシュマンズはレゲエ、ダブミュージックに傾倒していった…というのがバンド活動初期の流れだ。

 この時点ではフイッシュマンズの魅力はサウンドと共に、フロント・マンである佐藤伸治の、所属事務所の先輩でもあった忌野清志郎に影響を受けたと思しきヴォーカルスタイルと人懐っこい歌詞世界にもあったはず(セカンドアルバムはそんな感じだったし)。しかしバンド活動を重ねる毎にサウンド志向がどんどんと先へ先へと進んでいった結果、自分たちが納得できるサウンド作りを求めてミキサーを影のメンバーとして加え、レコード会社移籍(ポニー・キャニオンからポリドールへ)の条件として世田谷区の某所にプライベートスタジオ「ワイキキ・ビーチ/ハワイスタジオ」を作り、連日そこに籠ってレコーディング作業を行う様になっていき、そこで『空中キャンプ』の録音も行われた。

 本書はフィッシュマンズのメンバーを始めとするバンド関係者のインタビューが多く収録されているが、やはりこの「ワイキキ時代」の思い出になるとやはり話は尽きない様だ。そもそも「ビッグ」とは言えないバンドがプライヴェートスタジオを所有する事自体が有り得ない事で、当然ながらレコード会社側との軋轢もあったはず。勿論会社側としてもミュージシャン側の要求も尊重したいという気持ちも多分あるはずだが、やはりソコソコ売れてくれないとバンドは継続的に活動していけないのだから、当然ある程度の「売れ線」の音楽を要求する。

 しかしフイッシュマンズはその要求を貫徹し『空中キャンプ』『ロング・シーズン』『宇宙 日本  世田谷』の通称「世田谷三部作」が生まれる。だがその一方で5人いたメンバーは次々抜けていき、世田谷三部作を終えた頃フイッシュマンズは佐藤とドラマーの茂木欣一のみが残留という形になってまう。そこにはやはりバンドの経済的事情が影を落としていると想像できるのだが。そして二人になってもやっていこうと決意を固めた矢先の99年3月に佐藤が急逝してしまう。

 ネット時代になって世界的に「再評価」されているフイッシュマンズの音楽の素晴らしさについては本書で多くの人が能弁に語っているけど、死ぬ間際の佐藤については一応に口が重くなる(茂木は敢えて笑い話にまとめているけど)というのは致し方ないけど、我田引水的に語れば21世紀直前だった佐藤の急逝と、96年に不慮の事故で漫画家生命を断たれた岡崎京子の存在が重なってい感じられるのは俺だけだろうか?

 フイッシュマンズの音楽も岡崎京子の漫画も、まだネット社会でもなく携帯も定着していなかった90年代において、能弁にその時代の雰囲気や空気を感じ取れる若者たちのコンテンツの一つではなかったのかと思う。それらが唐突に失われてしまった事への喪失感は、両者が再評価される毎に深くなっていく部分はあるだろう。

 佐藤個人について言えば死の直前には「ワイキキ~」時代でやりたい事はやりきってしまった達成感と、それからくる空虚感の狭間にいたのかな…とは思う。ともかく佐藤の死によって一旦はフイッシュマンズは凍結されてしまった訳だけど、今一度こういう時代だからこそ、フイッシュマンズの音楽を問うてみたい…というのが本書の意図であろう。結局バンドブームの生き残り組は『Mr.Children』と『スピッツ』ぐらいしか思い浮かばないのだが、フイッシュマンズの音楽はそいう時代の枠組みを越えてリアルに聴かれ続ける事を、熱狂的ファンとは言い難い俺でも願って止まない。