60年代後半。今やノーベル文学賞候補にも挙げる程の文豪となった三島由紀夫(井浦新)だが、彼の心にはもう文学よりも学生運動の高揚によって日本は共産主義化するのではないかという「憂国」の念が多くを占めていた。そこで三島は身体をも鍛える為に自衛隊に体験入隊、その時知り合った自衛隊幹部と親交を深めると共にこの国を天皇を抱く本来のあるべき姿に戻せない物かと話をする。森田必勝(満島真之介)は政治家を目指して早稲田大学に入学…。

 

 12年に交通事故で亡くなった若松孝二だがこの年には何と三本の作品を監督、精力的に活動していたのだから、余計その死が惜しまれる。本作は早くから若松が温めていた企画だったらしい。当初は大森南朋が三島役に予定されていた様だが、若松組常連だったARATAに変更。本作主演をきっかけにARATAは本名の井浦新に改名。70年11月25日に起こった陸上自衛隊市谷駐屯地で起きた、三島と彼の率いる「盾の会」が起こしたクーデター未遂&三島と森田必勝の割腹自殺事件の内幕を描く。共演には満島ひかりの弟・満島真之介、晩年の若松映画のヒロインだった寺島しのぶ、渋川清彦、芸術家の篠原勝彦他。音楽担当は板橋文夫。

 

 森田は先輩・持丸(渋川清彦)に誘われて「日本学生同盟」に入会し学内に吹き荒れる全共闘学生と対峙。ある日持丸は森田に機関誌『日本学生新聞』の原稿を三島に頼みに行くと告げる。三島は無償で執筆を承諾、以来持丸と森田は三島と親交を深め、三島の憂国思想に深い共感を示す。三島は近い将来起こすクーデター計画の同志となる学生たちを集めた民兵組織「盾の会」を私財を投じて結成、持丸が初代学生長に就任。三島は全共闘運動を制圧するには警察の力だけでは不可能で必ず自衛隊に出動命令が下る、その時が決行の日と会員たちに激を飛ばすが、全共闘運動は東大安田講堂攻防戦を境に退潮。そんな時持丸が…。

 

 山口二矢による浅沼稲次郎社会党委員長刺殺事件を発端に、60年代の様々な「闘争」の軌跡をニュース映像で挿入する語り口は『実録・連合赤軍~』と同様。そんな中日本を救う為には自らが決起せねばならないとあせる三島を、戦前の「血盟団事件」犯人みたいな森田が三島を生涯の師と仰ぎクーデター決行に至るまでの過程を事実に即して描く。若松は世の中を良くしたいと考える若者像として連合赤軍の「過激派」と森田必勝は表裏一体と捉えているのだろうが、ならば三島より森田目線でストーリー構成した方が映画としては充実した物になったのでは? 『実録・連合赤軍』と同じく事実に即して描いたレベルで留まっているのが残念だ。

 

作品評価★★

(かつて若松が赤軍派のシンパだった時期監督した『天使の恍惚』そっくりのシーンが登場したのには苦笑というか、懐かしさを覚えた所もあったのだが、その頃の映像ゲリラ的な感性は既に失われ、ごく普通の監督みたいになっちまったなあ…と思わざるを得ないのは仕方なしか)

 

映画四方山話その656~ピンク映画離脱後の若松孝二

若松孝二監督「あさま山荘」舞台化に、映画の最年少役・タモト清嵐ら20 ...

 若松孝二が最後にピンク映画を撮ったのは81年の『密室連続暴行』。何故ピンク映画界を離れたかについては「理屈みたいな事をこねる奴が多くなって…」的な事を言っていた。当時ピンク映画を盛り上げるみたいな動きが一部の映画人&映画マニアを巻き込んであったけど、映画番外地だった時代のピンク映画を体験している若松には「青い」と思えたのかもしれない。

 尤もピンクを離れて最初に撮った『水のないプール』(82)はピンク映画時代のエッセンスが感じられる快作で、女にクロロホルムを嗅がせて昏睡状態にした上で暴行を重ね逮捕された男(内田裕也)が、被害者の告訴取り下げで無罪放免になるという、今だったら筋書きだけでNG喰らいそうなストーリーだが、内田裕也その物みたいな主人公の反権力的な開き直った様なキャラと、一部シュールぽい演出(その部分では脚本担当の内田栄一の功績も大)が良かった。

『キスより簡単』(89)は石坂啓の人気漫画の映画化。若松がこういう真っ当な青春ものを手掛ける事自体が驚きだったが、しかし最終的にはヒロイン(早瀬優香子)の父親かもしれないマニアックなシナリオライター(原田芳雄)を通し遠い異国で闘い続ける、当時国際手配中だった足立正生にエールを送るというらしい結末になっており、原田芳雄という「同志」を得た事で若松がまた「やる気」になってきたぞ…という期待感を持たせた。

『我に撃つ用意あり READY TO SHOOT』(90)は元全共闘の闘士(原田)が昔馴染みの女(桃井かおり)とやくざと警察に追われているベトナム難民の女を身を挺して助ける…みたいなハードボイルド作品だったが、何か「あの時代は良かった」みたいな雰囲気が全編に漂っているのは気になった。原田主演作品なら本作よりつかこうへいの同名戯曲を映画化した『寝取られ宗介』(92)の方がイイ。駆け落ちから戻ってきた妻(藤谷美和子)を暖かく迎える事で妻との愛を確かめる屈折夫(ドサ回り一座の座長)を、男臭い原田が演じる意外性が良かった。原田が厚化粧を施舞台で唄う『愛の讃歌』も聴きものだった。

 90年代は松竹に出向して撮った『エロチックな関係』(93年 主演・宮沢りえ)や、ピンク映画時代に若松と一緒に仕事をした事のあるフリージャズ奏者・阿部薫と、その妻でピンク女優から作家に転身した鈴木いづみ(若松作品に出演経験あり)の狂おしい生活を描いた『エンドレス・ワルツ』(95)も撮っているが、あんまり芳しい出来ではなかったとされる(『エンドレス~』は未見)。

 そんな若松が念願の連合赤軍事件に挑んだ『実録・連合赤軍 あさま山荘までの道程』(08)は結果的に若松作品の中で最も評価が高く、公には代表作…という事になるのだが、坂井真紀が演じた、若松と親しかった女性メンバーが「粛清」された事への憤り以外はごく当たり前な「実録映画」で、連合赤軍メンバーの目指す「革命」とは何だったのか…という考察が欠けた作品と言わざるを得ない。こういう一般受け路線に転じた若松は見たくなかったという思いが残り、次作でこれまた世評が高かった『キャピタラ―』(10)は今だ未見…という塩梅。

  もし事故で亡くならなかったら若松はその後どんな作品を撮ってたかな…と考える事はあるけど、個人的には90年代以降の若松作品を心底からいいなと思う事はなかったのです。あいすません。