東京郊外に住む東一家。長女の麻里(竹内結子)は結婚して米国に在住、男の子が一人いる。次女の芙美(蒼井優)は自分の店を持つことを目標にしながらスーパーの惣菜部門でバイト。元中学校の校長だった父・昇平(山崎努)は妻・曜子と悠々自適な生活を送っているはずだったのだが、最近昇平に認知症の兆候が表れてきた。曜子は昇平の誕生日に合わせ娘たちに実家に帰ってくる様に電話を入れる。久々に全員で集まった家族。娘たちは父の変貌がショック…。

 

 初の商業映画『湯を沸かすほどの熱い愛』(13)が各方面から評価された中野量太の商業映画第二作目。中島京子が自身の体験にインスピレーションを得て執筆した同名小説の映画化。矍鑠としていた父が認知症で変わり果てていく様を見守る家族の姿を描いたヒューマンストーリー。蒼井優、竹内結子といった人気女優に大ベテランの山崎努、映画で観るのは久々の感がする松原智恵子、今村昌平作品の常連だった新劇俳優・北村和夫の息子の北村有起哉などの出演。タイトルの「長いお別れ」とは、長期間に渡って進行していく認知症兆候のある患者の事を英語でそう表現するらしい。第11回『TAMA映画祭』では最優秀映画賞に輝く。

  

 それから二年後。独立し車でカレーを販売し始めた芙美だが売り上げはさっぱり。そんな時母から昇平の親友がなくなったので葬式に連れてってくれと頼まれる。だが葬儀会場で昇平が認知症である事がバレてしまって芙美はいたたまれない思い。麻里は父が自分の事を忘れてしまう前にもう一度会っておこうと夏休み中の息子・崇を伴いまた帰国。昇平はデイサービスに通っており、その間を利用して母と外出した間に昇平が予定より早く帰ってきてしまい、留守番をしていた崇は戸惑うが、昇平が認知症でも漢字の書き取りだけは達者な事を知り親しみを覚える。だが崇がうたた寝している間に昇平は勝手に外に出て行ってしまい大騒動に…。

 

 中学の校長まで務めた聡明だった父が認知症になりどんどん進行する一方。しかしそんな父の存在が各々の日常生活に不満を抱えていた娘たちに自分を振り返るきっかけを与え、家族の絆を再認識する事に繋がる。「家族」と「死」がテーマになっているのは中野監督の前作と同様だが、どんな家族にでも訪れる悲劇をユーモラスに描けているのがイイ。電車に乗って徘徊する父をGPSで追跡した家族が父の真意を知ってシンミリするシーンが心に残る。山崎努自身は演じた主人公以上の高齢だと考えるとよくぞ演じたなと感心。蒼井優も竹内結子も映画経験豊富なだけに過不足ない演技。社会派映画的側面は薄いがもっと評価されていい作品だ。

 

作品評価★★★★

(「デイサービス」や「ショートステイ」という言葉は俺の実生活にも無縁ではないので身につまされた部分は確かにある。綺麗ごとと言えない事もないんだけど、あまり解決策がない認知症問題をリアルに描かれても鬱陶しいだけと思うのでOKだ。でも今竹内結子を見るのはな…)

 

映画四方山話その654~松原智恵子

 前回の加賀まりこと同じく松原智恵子も映画女優のイメージが希薄…と書いてから調べてみると、これまた加賀まりこと同じで決して映画から遠ざかっていた訳ではない。90年代後半以降からほぼ毎年一本の作品には出演しており、立派な現役映画女優だ(『長いお別れ』が最新出演作)。俺が気付かなかったのも当たり前で彼女が近年出演してきた作品は今回と同じくハートウォ―ミング系の作品が多く、アナーキー系の作品を好む?俺とはなかなか出会う機会がなかったんだろう。

 ガキンチョだった俺が松原智恵子を知ったのは、丁度彼女が活躍の場を映画からTVへとシフトし始めた頃で、同じ日活出身の吉永小百合とは人気の格差もそんなになかった気がしていたのだが、ただ早くから青春映画路線に固定されていた吉永と違い、松原智恵子はアクション路線のヒロインに組み込まれてしまう。清楚だけど何処か幸せ薄そうな美女…そういう見た目のイメージがハッピーエンドなど殆どない日活アクション映画にピッタリだったのだ。

 多数製作された渡哲也との共演作でも彼女が「幸せの青い鳥」を見る事は一度もなかったとのでは? 果ては60年代末期には『緋牡丹博徒』に対抗すべく、どう見ても似合わない任侠映画の女主人公にまで仕立てられている。日活からTV方面にシフトしてしまったのも、彼女の心境からしても致し方なかったと思えるのだが…。 

 そんな感じでTV界に活動の場を移した松原智恵子が突然『新仁義なき戦い・組長最後の日』(76)でやくざ映画に登場したのは驚きだった。主人公・野崎(菅原文太)の妹で、兄の弟分だが野崎の組と抗争関係にある組に所属する中道(和田浩治。東映作品で和田と共演するとは…)の妻役。夫は渡世の義理で兄を狙ったあげく交通事故死、抗争の元凶である親分を狙う野崎一派も裏切り者(地井武男だった)が出たりして追い詰められる一方。すると松原は兄の為に、脱落しかっている子分(尾藤イサオ)を体を餌にして引き留めるのだ。

 吉永小百合と並ぶ清純スターだった松原が男を誘惑…このシチュエーションは想像だにしなかった。深作の仁義なき戦いシリーズ最終作となった事もあり作品自体の評判はイマイチに終わったが、松原の体当たり演技は良かったと思う。

 今回の作品は、俺にとってはそれ以来の松原智恵子の代表作となった。認知症の夫と二人きりの生活なのにキツそうな顔など一切見せず常に明るく振る舞い、自分が病気で入院しても夫の事ばかり気にしている妻。だからといって周囲の視線など全く気にせず…という訳でもなく、遠出の際はピアスを付けたりしてお洒落したりして、孫までいる女性に言うのも何だが可愛い。考えてみればこんなに幸せそうな松原智恵子を映画で観たのは初めてだった…。

 ライバルだった吉永小百合は一挙一動が注目を浴びる大女優になって松原との「格差」は明らかだが、永遠に女優修業し続けているみたいな吉永なんかより、地味でも堅実な女優人生を歩んできた松原智恵子の方が好ましく感じるのは俺だけ? 天国の渡哲也も同意してくれるかしらん。