もう十数年前の正月三ヶ日。一回り年下の友人から暇すぎるのでカラオケに行こうとの連絡が来た。カラオケなんて呑み会の二次会でしか行った事がなかったが、俺もムチャ暇だったので駅前で待ち合わせ、そこから歩いて三分ぐらいのカラオケ屋に。選曲リストを見て西岡恭蔵の『プカプカ』を選曲して唄ったら友人に「それ大槻ケンヂの歌ですね」と言われて「エッ」っと驚いた。実は大槻ケンヂはこの曲を自身のアルバムでカバーしシングルカットもしていたのだった。ウーン、大槻ケンヂが唄う『プカプカ』って…。

 尤も彼が「隠れた名曲」を唄うのはこの時が初めてではなく、その後で聴いたファーストソロアルバム『ONLY YOU』は全曲知る人ぞ知る名曲のカバーという構成。どうやら大槻は当時やっていたバンド『筋肉少女帯』での活動がスランプに陥っており、かと言ってソロアルバム様に新曲を作る気力もなかった為、苦し紛れにこういうアルバムを制作する事にしたとか。90年前後に勃発したバンドブームもこの頃には下り坂になっており、大槻ケンヂ的には「温故知新」的な意味具合を持たせたかった部分もあったかもしれないが。 

 

 トラック1の表題曲『オンリー・ユー』は現・俳優の田口トモロヲがやっていたパンクバンド『ばちかぶり』唯一のメジャーアルバム『音楽芸者』(90』収録曲。パンクとポップの中間を行く様なメロディーと直接的な求愛風歌詞が魅力。途中の語り部分で大槻の相手役を務めるのは女優の洞口依子、当の田口もゲストヴォーカルに加わっている。

 トラック2&3は80年代のインディーズシーンを駆け抜けた不朽のバンド『JAGATARA』の名曲をカバー。まず『タンゴ』は去年再活動を宣言したJAGATARAのライブで大槻自身がヴォーカルを務めていた。これもJAGATARAのメンバーだったEBBY(ギター)が参加、バックコーラスで『ゴーバンズ』の森若香織が参加。淡々と刻むリズムトラックに大槻の絶叫ヴォーカルが被さって早世した江戸アケミの事が思い出されうすら哀しい気持ちに。

 続く『もうがまんできない』はオリジナルそのまんまのホーンアレンジが印象的。ギタリストが三人参加して各々ソロを披露、バックコーラスにも凄い面子が並んでおり、こういう人達がこの曲のメッセージに賛同して参加してくれたのかと考えると目頭が熱くなる。大槻はそういう先輩たちのコーラス隊に「ご一緒に」と掛け声を掛けてコーラスへと導くのだ。

 4曲目『未成年』もばちかぶりの曲だがこの曲は知らなかったな。「ボーイズ・アンド・シド・ビシャス」と連呼するハードコアパンク的なニュアンスのあるナンバーで、やはりこの曲でも田口がゲストヴォーカルで参加。

 5曲目『ロマンチスト』はご存知『ザ・スターリン』の代表曲で遠藤ミチロウ自身がゲストヴォーカルで大槻と共に唄う。インディーズ出身バンドマンとしてはキャリアも年齢的にもかなり上の遠藤に対する敬意みたいな物も感じさせる。

 6曲目『カレーライス』も遠藤賢司のあまりにも有名な代表曲。バックのアコースティックギターの演奏がエンケンそっくりだと思ったら、やはり本人が弾いていた。小説家でもあるオオケン(大槻ケンヂの愛称)ならこの曲が「三島由紀夫割腹自殺事件」について触れているのも先刻ご承知のはず。

 7曲目『とん平のヘイ・ユー・ブルース』はコメディアンの左とん平が73年に発売したシングル曲のカバーで日本語ラップの元祖とも言える歌詞が企画物の粋を越えた素晴らしさ。ギターソロ以外は、ジェームス・ブラウンを意識したオリジナルのアレンジをはほぼ忠実にカバーしている。

 8曲目『私はみまちゃん』は現在は演劇演出家ケラリーノ・サンドロヴィッチとして活躍するバンド『有頂天』を率いていたケラ、学生時代からの大槻の友だちで筋肉少女帯ではベースを弾いていた内田雄一郎とのカラオケユニット『空手バカボン』のセルフカバー。打ち込みのリズムトラックをバックに、三人がナンセンスではあるけど結構本格的ラップを聴かせる。

 9曲目『メシ喰うな』は現芥川賞作家・町田康が町田町蔵名で衝撃のメジャーデビューをしたバンド『INU』唯一のアルバムから表題曲をカバー。重いリズムはかの『ブラック・サバス』を意識しており、その為にヘビーロック一筋のイカ天バンド『人間椅子』がバックを務めハイクオリティな演奏を披露している。

 10曲目『屋根の上の猫』は元『頭脳警察』のPANTAの二枚目のソロアルバム『PANTA'X WORLD』(77)収録曲。これもオリジナルに近い演奏になっており、大槻のヴォーカルも本家を随分意識している感じ。当然PANTAがゲストヴォーカルで参加。懐かしくなってきますね。

 11曲目『BYE=BYE』は『有頂天』のカバー。勿論ケラがゲストヴォーカルで参加。独特の癖があるケラワールドが展開されている訳だが、インディーズブームの終焉を語る歌詞(ケラはインディ―ズレーベル『ナゴムレコード』の主宰者で筋肉少女帯もそこからレコードデビュー)が意味深である。

 最後に『オンリー・ユー』をまだレコードデビュー仕立てだった『真心ブラザーズ』の演奏によるアンプラグドヴァージョンで披露してアルバムは終了。

 

 一言で表現すれば大槻ケンヂの「カラオケにあれば歌いたい曲特集のアルバム」。これらの曲は当時のカラオケ選曲リストには入ってなかったと思う(今はどうなのかは分からないけど)。唄いたくとも鼻歌以外では唄えないこれらの曲をちゃんとしたバックの演奏で唄ってみたい…という希望を、大槻ケンヂは本アルバムで適えた。それもご本家との共演付きというから、かつてはオタッキーなしがない文科系人間だった彼にしては、このレコーディング自体がせわしない現実から逃避する事ができた、夢の様な体験だったのではないか。

 これらの曲に対する大槻のシンパシーは当然俺にも重なる物で、80年代初頭に上京した俺はその当時のインディーズシーンを大槻と同じ様に体験し、それが形骸化していく過程をも見てきた。その意味で言えば今聴くと感慨的な物と共に少々苦さをも感じる部分もあるのだが。

 尤も『プカプカ』のカバーヴァージョンだけはどうしても違和感があるというか、聴きたいという気にはならないなあ。カラオケで唄うのに留めておけば良かったのに…と思ったりもするのだ。