金森幸介の存在を知ったのはベルウッドから発売されていた『春一番コンサート』ライブアルバム74年版。金森幸介はそのアルバムで『悲しみの季節』という曲を披露していた。所謂メッセージソングの類だが関西フォーク代名詞だったプロテストソング的な物とは別種の、ウエスト・コースト系シンガー・ソングライターの洗礼を受けた上での「言葉」や「ビート」が鮮烈だった。

 金森幸介は生粋の関西育ち、阿久悠作詞の歌謡フォークデュオでレコードデビューするもののブレイクせず、その後は『都会の村人』元『五つの赤い風船』の長野隆が結成した『I・M・Oバンド』に加わって活動。I・M・Oバンドに提供した曲で注目を集め解散後ソロ活動に転身。その間にURC系関西ミュージシャンとの付き合いも深まったらしく、さっき聴いた1sアルバム『箱舟は去って』はフォ―クファンお馴染みの面子がこぞってレコーディングに参加している。

 

 アナログA面1曲目『何処へ』はピアノとストリングスをバックに、自分の歩んできた人生を噛みしめる様に回顧し自己批評する詞がグッと来る。ただこのアレンジは金森と付き合いが深かった加川良の『偶成』(2ndアルバム『親愛なるQに捧げる』収録)と酷似していると思ったのは俺だけでせうか…。

 2曲目『通り雨』は雨が降った後の街の心象風景を唄った叙情的な曲だが、スティールギターが効果的に使用されていたりするカントリー・ロックテイストは、やはりウエスト・コースト・ロックからの影響でしょうかね。

 3曲目は件の『悲しみの季節』なのだが、最初聴いた時は分からなかったけどロックービートのアレンジは、当時金森が毎日聴いていた程痺れていたジャクソン・ブラウンその物と言っていい。ただ改めて聴いても詞は秀逸。60年代の反抗的青春が時代の雰囲気に絡め取られ軟弱化していった現実を撃つ…といった感じでラディカルでもある。

 4曲目『ぷろぽーず』は前曲とは全く違う、『かぐや姫』とかが唄っていてもおかしくない和やかソング。ただかぐや姫の歌詞に「エリック・アンダーセン」の名前は出てこないと思うけど…。

 A面最後の曲『もう一人の僕に』はタイトル通り自省的なニュアンスが強い弾き語り系ソング。「見えない物を見ようとしたって、見える物も見えなくなってしまう」との一節が印象的。背伸びしないでしっかり足に地を付けて歩んでいこうというメッセージ性は真面目その物。途中から女性コーラスが加わってシミジミモードに。

 

 アナログB面1曲目『片想い』も全編に渡ってスティール・ギターがフィーチャーされたカントリーテイストの曲で、君への片想いを綴った詞がですます調で〆になっているのがいかにもこの当時のフォ―クソング調というか。それもエレックとかの「商業フォーク」に近い感じ。

 2曲目は早川義夫『サルビアの花』のカバー。 この曲を選曲している事で金森幸介という人の音楽観が分かる気が。オリジナルと同じくピアノの伴奏にズトリングスが加わって歌世界の切なさを強調する。

 3曲目『日向ぼっこが俺の趣味』はレゲエビートを取り入れた、当時としては斬新なアレンジ。途中西岡たかしが登場して一部唄ったりしてレコーディングのリラックス気分を反映させた楽しい曲で、ライブでもバックバンドを付け同じアレンジで披露すれば楽しいとは思うけれど…。

 4曲目『愛』はピアノの伴奏で唄い上げる、A-1と同じスタイルの曲。愛の素晴らしさと厳しさ、懐疑心を綴った詞は率直。もしかしたら実体験から作った詞かもしれない。こういう自分を繕わない姿勢もジャクソン・ブラウンからの影響か。

 5曲目は表題曲『箱舟は去って』。「変革」を謳った箱舟はもう去ってしまい、僕たちは何を目指して生きていきていけばいいのか…という壮大なテーマの大曲で、彷徨う自分の想いを言葉を選びつつ表現する詞は素晴らしい。エンディングまでギターを弾きまくっているのは金森の盟友である中川イサト? 名曲ですな。

 最後の曲『遠く離れて子守歌』は生ギターの弾き語りで何の変哲もない夕方の心情風景を唄った小品で、関西系フォ―クならではの温かさがある。まあ前曲が重かったので軽い曲で〆たって感じか。

 

 通して聴いてみると『悲しみの季節』みたいなロックビートの曲は少なく、ピアノをバックに唄い上げる風な曲が目立つ。金森幸介は真摯な詩をその様なシンプルな演奏で唄う、本質的には弾き語り系シンガー・ソングライタースタイルのミュージシャンって事だろう。

 そういう金森幸介の個性は良く伝わってくるアルバムだが、趨勢がお洒落なニュー・ミュージックに流れていった75年のソロデビューは彼にとって不幸だった…と言わざるを得ない。翌年発売した2ndアルバム『少年』は当時話題だった大型バンド『ソー・バッド・レビュー』がバッキングを務めた意欲作だったが、中村とうように「バックの演奏は素晴らしいが下手くそなヴォーカルはダメ」と酷評され、以降メジャーから金森幸介のアルバムは長い間出る事はなかった。

 しかしライブ活動自体は現在に至るまでも継続的に行っており、このアルバムからの曲を未だに唄ったりしている様だ。だから発売する時期が違っていれば公に名盤としての評価がされたかもしれない。