「凄い! 『スターリン』が4位だ」83年12月31日の大晦日。その日の夜NHK-FM放送で渋谷陽一DJの、今年最も活躍した日本のロックアーティストをリスナー投票で選ぶみたいな番組があったのだが、ザ・スターリンの人気の高さに渋谷が素で驚いていた。それは俺も同じでその事のインパクトが強すぎて他のランキングがどうだったかは全く記憶にない。

 振り返れば83年という年は日本のロックが商業的にも成功するのが当たり前になってきたと同時に、ブームになる前の本来の意味で「インディーズ」が注目され始めた年でもあった。ザ・スターリンはそのインディーズ界からメジャーへと殴り込むをかけ、82年から83年にかけ破竹の勢いで音楽界を荒らし回っていたのだ。

 尤もそれと同時に過密スケジュールによるバンド自体の消耗度も激しかったみたいで、遠藤ミチロウ以外のザ・スターリンのメンバーは常に流動的で定着しなかった。84年には遠藤ミチロウは解散も視野に入れザ・スターリン4枚目となるアルバムをレコーディング。ギターには俺も一度ライブを観た事があるインディーズバンド『アレルギー』のメンバーだった小野昌之、ドラムスはオリジナルメンバーの乾純、サポートメンバーのヒゴヒロシ(ベース。『東京ロッカーズ』で活躍した『ミラーズ』のメンバーだった)という顔ぶれになっていた。それがさっき聴いた,『Fish Inn』で、遠藤ミチロウが設立したインディーズレーベル『BQレコード』から発売された。ちなみに俺がアナログで買ったザ・スターリンの唯一のレコードでもある。

 

 アナログA面1曲目『廃魚』。重いリズムセクションに乗って「腐った魚が喰いたくて お前はうろつく」とミチロウが唄う。この歌詞を聞いて思い出したのは学生運動に挫折した男が故郷に帰り公害に毒された魚を喰って気が触れてしまった妹を抱くという生き地獄を描いた宮谷一彦の漫画『性蝕記』。歌詞がイメージする息苦しくなる程の気分の悪さがそのままサウンドの重苦しさに繋がっている感じだ。

 2曲目『M-16(マイナー・シックスティーン)』。自虐とも取れる詞の強烈な引きが典型的なミチロウワールドと言える。ザ・スターリンらしからぬ曲の長さもあり、アレンジ的にもかなり凝った感じで仕上げている。

 3曲目『T-Legs』はミチロウ作詞、乾純作曲。自分の存在理由が見当たらない事に焦れる心情を唄った歌詞で、「僕オシになっちゃった…」と唄う『ジャックス』の『からっぽの世界』の80年代版みたいな雰囲気もある。淡々と続く演奏は6分以上もあってビックリ。

 4曲目『バイ・バイ"ニーチェ”』はこのアルバム中最も短い曲で歌詞も殆どなく「バイバイ」と言い続けているだけで、暗にザ・スターリンの解散を物語っていた風である。過去のザ・スターリンに近い単純な曲。これでA面終了。

 

 アナログB面1曲目『アクマデ憐レム歌』は本アルバム中最もポップというか、ストーンズの『悪魔を憐れむ歌』のメロディーを微妙にパクって繰り広げられるザ・スターリン版ロックン・ロールとでも言うべきか。攻撃性とドス黒いユーモアを兼ね備えた歌詞と共にバックの演奏やアレンジも捻りが効いていて面白い。

 2曲目にして本アルバム最後の曲『Fish Inn』はザ・スターリン史上最も長い曲だろう。単調とも言えるエンドレスぽい演奏をバックに、これまた『からっぽの世界』ぽい歌詞を唄うミチロウ。実は早川義夫と同世代だったりするからジャックスに感じる物も随分あったと思われる。ミチロウの退廃的なヴォーカルには「脱パンク・ロック」的な物を感じたりもしたが。

 

 必ずしもルーツがパンクロックではないメンバーも参加した事で、いくつかの曲にはオルタナティヴ・ロック的な物への接近が伺える。俺自身はそれまでザ・スターリンの曲などマトモに聴いた事もなかったので違和感など感じようもなかったが、以前からのザ・スターリンファンにはあったかもしれないと思う。ともかく従来のパンク・ロックには飽きてきたというのがミチロウの本音ではなかったのか。

 その気持ちに忠実にザ・スターリンは翌85年早々解散を宣言、2月に行われた調布大映撮影所での解散ライブは、スタッフで俺の知人が手伝いに駆り出されていたっけ。これにてザ・スターリンの歴史は終わった…と思いきや89年頃から遠藤ミチロウはザ・スターリン名義での活動を再開、その頃に俺も初めてザ・スターリンのライブを体験。俗に言う過激的要素を廃したライブであったが…。遠藤ミチロウは完全にソロとしての活動を開始するのには93年まで待たねばならなかった。