インド洋をヨットで単独航海中の男(ロバート・レッドフォード)が眠りから覚めると船底から浸水し船内は水浸しになっていた。海上を漂流していた大型コンテナとぶつかってしまったらしい。慌てて水を掻きだしていく男だったがヨットに横穴が開いてしまった。備え付けてあった航行装置などは全て故障し外部との連絡手段は一切断たれた状態。運が悪い事に空模様まで最悪。嵐になって容赦なく雨が叩きつけ浸水は防ぎようもない。食料も殆どが流されてしまって…。

 

 70年代の米国映画界を代表する二枚目スターだったロバート・レッドフォード。我々雑誌『ロードショー』世代にはお馴染みの人。80年代に入ると映画監督業にも手を染めて成功、若手映画人の登竜門的な『サンダンス映画祭』の発足者にもなっている。90年代以降も俳優、監督、プロデューサーの三足の草鞋を履いて80歳を越えても現役として活躍していたが、俳優業は18年で引退した…との事。本作はサンダンス映画祭でプレミア上映された『マージン・コール』(11)の監督、J・C・チャンダ―二本目の長編作品。海難に遭う老航海者を描いたサバイバル物作品で出演はロバート・レッドフォード只一人。第66回カンヌ国際映画祭で上映。

 

 コンテナに積んであった段ボール箱を開けてみたが食料ではなく運動靴ばかり。穴を修理したと思ったらまた嵐がやって来てもうヨットはダメだと判断した男は残った僅かな食糧と救命用具を持って救命ボートで海を漂流する事に。食料確保の為に魚を釣ろうと思ったが食いついたのは獰猛な鮫だった。ボートの周りは鮫に包囲されてしまっている。最早幾何の猶予もない状態に追い込まれた男。ボートの目の前を貨物船が横切っていくので男は必死の思いで救命灯を焚くいてはみたが気付かれた様子は全く無く虚しく通り過ぎて行った。さすがに男は観念するしかなかった。そこで大切な人への想いを手紙に認め、瓶に入れて流す事に…。

 

 台詞はほんの少しあるだけでほぼ無言劇に近い。そんな訳で男の素性は全く分からない。何があってこの歳で単独航海に出たのか? 家族や妻子はいるのだろうか…と観る側が勝手に想像力を膨らます余白がある。ヨットが沈没し広い海原で救命ボードで漂流する男は絶望と常に隣り合わせだ。結局状況は刻々を悪くなっていくだけで映画ならではの奇跡もなく最後に男は海に叩き出され海中に虚しく沈んでいく。もしかしたらこの遭難に彼の苦渋に満ちた人生が象徴されているのかもしれない。実際の海ではなくスタジオでの撮影だが、ロバート・レッドフォードの演技は良くも悪くも真面目その物で、多くの観客の胸を打つには十分と思う。

 

作品評価★★★

(登場人物一人、かつ台詞殆ど無しという枷を老人になったロバート・レッドフォードが渾身の演技で撥ね退けるというコンセプト。映画の主人公は海難に負けてしまったけど、観客との勝負には勝った…という所か。何れにしろ日本映画界では実現絶対不可能な企画ではある)

 

映画四方山話その634~ナイスガイを演じ続けたロバート・レッドフォード

 

 ロバート・レッドフォードと聞いてまず思い出すのはアメリカン・ニュー・シネマの代表作『明日に向かって撃て!』(69)。サンダンス映画祭という名称は彼がこの作品で演じた役名「サンダンス・キッド」から取った物だ。ニューシネマお決まりの悲劇的な結末だったが、お尋ね者のアウトローを演じつつもレッドフォードが演じると曳かれ者感は殆どなく、映画自体も明朗な感じだった。

 そんな風に彼の出演作を観た範疇で思い返してみると翳のある人物を演じた印象が殆どない(『華麗なるギャッピー』は未見)。『大統領の陰謀』(76)なんかはそんな彼のナイスガイキャラが見事に生かされた作品で、社会派映画であると共にヒーロ的な要素を孕んだ作品でもあった。

 だけど同性の立場からするとそんなナイスガイなロバート・レッドフォードに好ましさを感じても「好き」とまでは感じにくい。俺の周囲でもロバート・レッドフォードの大ファンという野郎(♂)は一人もいなかった。マニアックな映画ファンになるとやはり同じ米国スターでもロバート・デ・ニーロとかアル・パチーノとかジャック・ニコルソンといった一癖ある人物を演じられる演技派というか演技ジャンキーというか、そういう連中の方にシンパシーを覚えてしまうのだな。

 ロバート・レッドフォードは映画監督としても娯楽作ではなく良心的な文芸ぽい作品を撮ってるし、思想的にも典型的なリベラル派でハリウッドスターならではの破天荒なエピソードとは全く無縁のまま俳優人生を終えてしまった。一度ぐらいは極悪非道な悪役とか演じてみたいと思った事はなかったのか…と問うてみたい気もするのだが。

 ロバート・レッドフォード作品の中で一番好きなのは何か?と訊かれたら、俺はジョージ・ロイ・ヒル監督作品でも『明日に向かって撃て!』ではなく『華麗なるヒコーキ野郎』(75)かな? 彼にしては珍しくちょっと痛い所もある、時代遅れぽい「ヒコーキ馬鹿」を好演。