ビートルズ、ストーンズに次いで全米制覇を成し遂げたブリテイッシュロックグループ『ザ・フー』。その認知度は全米人気に比べると我が国では至って低かった…と言わざるを得ない。それはザ・フーの『モントレー・ポップ・フェスティバル』や『ウッドストック』の記録映画で見れる様な凶暴なステージングと、ロックオペラ『トミー』などに見るアルバムで見せる思索の深さとに大きな隔たりがあったからだと思われる。

 思えばピート・タウンゼントとロック界きっての暴れん坊キース・ムーンが同じグループに所属している事自体が奇跡的な事であり、実際リーダーのタウンゼント(ギター)と他の3人のメンバー(ヴォーカルのロジャー・ダルトレー、ベースのジョン・エントウイッスル、ドラムスのキース・ムーン)はバンド絶頂期でも常に折り合い悪く一触即発の状態が続いていたという。

 そんなザ・フーのレコードデビュー間際からキース・ムーンが亡くなる寸前までのライブなどの演奏場面を収めた記録映画『キッズ・アー・オールライト』が79年に英国で公開された。しかし日本では劇場公開の予定が立たなかった(後にVHSで発売)のだが、二枚組のサントラ盤は日本でも発売された。俺が買った唯一のザ・フーのレコードでもあり、かつ長年愛聴してきたアルバムで、俺の中ではビートルズの青盤と対になってる部分もある。

 

 アナログA面1曲目は彼らの代名詞的名曲『マイ・ジェネレーション』。67年TVショーでの演奏で冒頭に軽いトークがあってMCの曲紹介を挟んで演奏開始。「年を取る前にくたばってしまいたい」という歌詞は当時の「モッズ族」の心情を代弁する物でもあった。俺自身30歳以降の事なんて全く考えた事もなかったし、若い頃はいつくたばってもさして惜しくもない糞ったれな人生を送ってきた物だが…。例によってエンディングは楽器破壊に走り、会場にいたオーディエンスもそれを期待していた様で大ウケ。

  2曲目『アイ・キャント・エクスプレイン』は65年のTVショーでの演奏だからレコードデビュー直後の演奏。前述した様にこの頃のザ・フーはモッズ族のアイドルバンドだった。3曲目『ハッピー・ジャック』もその頃のシングル曲だが、音源はずっと下って70年に発売されたライブ盤『ライブ・アット・リーズ』に未収録となった音源がらチョイスされている。

 6曲目『不死身のハード・ロック』は映画のエンディングにも使用されていたポップナンバーで、74年に発売された彼らの未発表集アルバムの邦題にも使用され日本ではシングルカットもされたお馴染みの曲。この曲を聴くと豪快に叩きまくるキース・ムーンの姿が目に浮かんで来るなあ…。

 

 アナログB面1曲目『エニウェア・エニハウ・エニホエア』もモッズバンド時代の演奏。2曲目『ヤングマン・ブルース』は時代がぐっと下がって77年。この頃になるとザ・フーもライブバンドとしての風格も増し、破壊行為を売りにしない安定した演奏を披露する様になっている、3曲目『マイ・ワイフ』はジョン・エントウィッスル作&ヴォーカル。ライブで荒れ狂う他の連中とは違い淡々とベースをステージで弾いていた印象のエントウィッスルだったがベースの腕前に関してはピカイチ。骸骨を模したライブ衣装は悪趣味以外の物ではなかったけど(笑)。タウンゼントの楽曲とは一味違う魅力がある名曲だ。4曲目『ババ・オライリィ』は71年の『フーズ・ネクスト』収録曲でキース・ムーンが死んだ78年の演奏。テープで流すムーグ・シンセサイザーの単調なリフレインの波を突き破る様に入るキース・ムーンのドラムスは何回聴いてもインパクト抜群。タウンゼントが当時私淑していたインドの導師ミハー・ババとミリマル・ミュージックの大家テリー・ライリーを念頭に置いて作った曲らしい。『マイ・ジェネレーション』の時代を不毛と断じ年老いる前に安息の地を目指そう…という、思索家タウンゼントらしい詞で演奏も代表曲の一つだけに白熱!

 

 アナログC面1曲目『クイック・ワン』はストーンズが仕掛け人になった68年伝説の音楽番組『ロックンロール・サーカス』での貴重なヴァージョン。勿論本アルバム発売当時『ロックン・ロール・サーカス』は日本では全く観る事は叶わなかった。2曲目からC面は『トミー』の曲をメドレー方式で演奏。2曲目の『トミー、聞こえるかい』以外はウッドストックライブヴァージョンが聴ける。ギャラの問題で直前まで出演ボイコットも辞さない姿勢を貫いていたザ・フーだったが、結果的にはウッドストックの名場面の一つとなる演奏を披露。それだけザ・フーの米国での評価は高かった訳だ。

 

 アナログD面は75年のライブから『ジョイン・トゥゲザー『ロードランナー』『マイ・ジェネレーション・ブルース』と続くメドレー。キース・ムーンの体調問題を考えるとこの頃までがザ・フーのライブ絶頂期の演奏…と言えるだろう。ボ・デイドレーのクラシックロックンロールナンバーが登場する辺りは彼らがミーハーなロックファンだった時代を彷彿させて微笑ましい。そしてラストを飾るのは78年ライブでの『無法の世界』。曲構成は同じ『フーズ・ネクスト』収録曲と言う事もあって『ババ・オライリィ』と酷似しているが歌詞世界は対照的で、現状を拒否し「もう二度と騙されないぜ」と唾を吐く様は、まるで後に登場するパンク・ロック勢の雛形だと言えない事もない。もう体力的にはボロボロになりライブ内で休憩タイムをいれずにいられなくなった程衰えていたキース・ムーンだが、このヴァージョンを聴く限りまだまだ元気な気がしたが(カラ元気かもしれないけど)。

 

 長年ザ・フーのベスト盤代わりに聴いてきた事もありあっという間に解説文章を紡ぎ出す事もできた。それだけザ・フーはオンリーワンな偉大なバンドだった! ザ・フーが日本のロック・ファンにもメジャーな存在になったのは、皮肉にもキース・ムーンが急死した事がきっかけだったと俺は思う。破滅的ロックスターの典型だったキース・ムーンとジョン・エントウィッスル(彼もそんなキャラだったとは死ぬまであまり公にはなっていなかったが)が死んでから漸くザ・フーは来日したけど、やはり遅すぎた感は否めなかった。そして俺もタウンゼントとロジャー・ダルトレーと同じく、年老いる前にくたばる事もままならず生き続けている訳であるが…。