79年CBSソニーから発売された『東京ロッカーズ』。そのムーブメントの中心となっていた5つのバンドの演奏を収めたライブアルバムだったのだが、その動きに呼応し当時『セックス・ピストルズ』と並んでロンドンパンクバンドの筆頭格だった『ストラングラーズ』のメンバー、ジャン・ジャック・パーネルから、それに収録されていたバンドの一つ『リザード』のプロデューズをしたいとの申し出があった。

 ヴォーカルのモモヨを中心に活動していたリザードはこの時点で前身の『紅蜥蜴』時代を含めると既に七年近いキャリアがあり、メジャー会社からアルバムを発売するというプランはバンドとしても渡に船であった。ただ当時の音楽誌には書いてなかったけどメジャーデビューといっても原盤製作はリザード側の自己負担という事になっていた。つまり音楽的な自由を得る代償としてメンバーにのしかかったのはレコーディングの為にロンドンの滞在費などを含め五人のメンバー各自50万円という持ち出し。当時の50万円は大金で、リザードは皮肉にもその金銭的な負担が発端となりバンド崩壊の道へと歩む事になってしまうのだが。

 さっき聴いた『彼岸の王国』は紆余曲折あって活動停止状態だったリザードがモモヨとベースのワカを中心に再活動せんとする矢先、インディーズの『テレグラフレコード』から発売されたアルバム。アナログA面はリザードがレコーディング作業の合間出演したロンドンのライブハウスでカセットテープ録音した音源、B面は78年3月の『東京ロッカーズ』参加前夜の福生『チッキン・シャック』でのライブに、銀座にあった公開録音スペースで演奏した音源がプラスされている。

 A面のライブの聴衆は当然ながらリザードというバンドの知識は全く無く当然ながら日本語も介せない。それでもリザードは敢然と日本語の歌を唄っている。聴衆を煽る様なシンセのイントロから激しいドラミングが続き1曲目『ロボット・ラブ』。このアルバムでしか聴けない曲らしい。荒々しいモモヨのヴォーカルは正にパンクという雰囲気。

 2曲目『そのスイッチに触れないで』(1stアルバム収録)はリザードサウンドのコアと言うべきワカのベースが冒頭にフィーチャー。その後もベースの音がラウドに響き渡りアップテンポの曲をグイグイ引っ張っていく。

 同じく1st収録の3曲目『プラスティックの夢』。パンクというよりもテクノロックテイストのビートが響き渡る。コウ(キーボード)が弾くキーボードがそういうニュアンスが強く、ワカの重いパンク・ベースと対になってる感じ。

 4曲目『Rerl Good Time』はめくるめく様なシンセ演奏から始まるがそこにワカのベースが加わった途端緊張感が漲る。メロディー自体は結構キャッチ―なんだけどワカのベースがポップ性を拒否しているというか。

 5曲目『ガイアナ』も1st収録。78年11月に起きた「ガイアナ人民寺院集団自殺」をテーマにした曲だと思われる。曲アレンジは前曲とほぼ一緒だがビートのテンポはそれよりもかなり早くなっておりパンク色が強くなっている。間奏のキーボードソロが聴きもの。

 6曲目『ラブ・ソング』も1st収録。これはかなり荒々しい演奏で録音の粗さがそのまんま会場の騒然たる雰囲気を物語る風でもある。慣れないレコーディングでのストレスの鬱憤をぶつけた…というニュアンスもあるのかも。途中ドラムスのソロになったりも。直ぐキーボードのイントロが『ザ・フー』の『無法の世界』みたいな7曲目『ロッククリティクス』へ続く。勢いのある振り切った演奏に聴衆も大盛り上がり。カツのギターも荒ぶっている。

 A面最後の曲『アンコール・マシンキッド』は観衆の嬌声も聴こえる中チューニングから唐突に演奏に入る。ハードに叩くツネ(ワカの弟)のドラムスが凄い。モモヨの喚いている様なヴォ^-カルが入るのと同時にフェイドアウトしていってしまうのが惜しい。

 

 アナログB面1曲目『デストロイヤー』は件の東京ロッカーズを題材にしたドキュメンタリー映画『ROCKERS』(79)の冒頭で演奏していた曲。既にサウンドはアマチュアバンドの域を越えていて(結成6年目だから当たり前か)、歌詞は良く聴き取れなくてもサウンドだけで聴かせる。

 2曲目『甘い誘惑』は「酒もたばこも止められるけどシュークリーム、チョコレートは止められない」との意味深な歌詞がイイ。廉価版のシンセ?ならではのキーボードの音がキッチュな感じがしますねえ。

 3曲目『キツネツキ』はワカのベースとカツのギターが絡み合うイントロが印象的。これなんかはサウンドが随分ストラングラーズぽいなって感じがしてしまう。ただモモヨの発するワードの妖しい雰囲気は彼ら独特の物だろう。

 4曲目『チャンス』はメロディーやアレンジが良く練られている感じでモモヨの前のめりなヴォーカルを引き立てている。このアルバム中では珍しくワカのベースが前面に出ておらず軽いノリ。

 最後の曲『王国』は本アルバムの表題曲代わりになっている曲でモモヨの文学的な詞は他の聴衆を挑発するかの様な曲とは印象を異にする。まあリザード再活動を暗示させる曲という発売時の位置づけみたいな物だったのか。即興的な間奏から全く違ったメロディーになっていく所を聴くと組曲的な意図もあったのかもしれないな。

 そしてボーナストラックとして『月光価千金』が収録。1920年代に作られた米国のスタンダードソングのカバーで、日本ではエノケンことコメディアンの榎本健一が唄った事で知られている。こういう遊び心も他の東京ロッカーズのバンドには無かったな。

 

 東京ロッカーズ前夜とその直後のリザードの熱のあるライブ演奏が堪能できるアルバム。何分音源化する予定がなかった録音なので音質は悪いが、A面などはそれがリザードの当時の怖い物知らず的な荒々しい一面を象徴している様にも取れて悪くはない。B面はアーリーリザード的な音源の発掘という感じだが、リザードの演奏力とサウンドのカリスマ性はこの当時

からインディーズバンドとしては群を抜いていた…という事は伝わってくる。

  アナログ盤ではモモヨの良き理解者だった地引雄一による渾身のリザード史が付属しており(観方によってはこれがメインで音源はオマケという感じも)、アナログ盤を購入した時に読んだ俺はバンドってこういう形で解体していくものなのか…としみじみ実感させられた。某パンクバンドとの揉め事やモモヨの麻薬取締法容疑での逮捕、次々に離れていくメンバーたち…。リザードという「王国」の崩壊は、日本の第一期インディーズブームの終焉を暗示する物であったと思う。

 現在リザードはモモヨ、ワカに帰ってきたコウ、元『アレキサンダー・ラグタイム・バンド』のキースという編成でたまにライブを行っている様だ。かの「3:11」直後から盛り上がった国会議事堂前での反原発デモの変わり種参加者として、週刊誌でワカが紹介されていたのを思いだす。肩書は「現役パンクロッカー」だった。