91『下妻物語』(04年 監督・中島哲也 主演・深田恭子)

 

 何といってもキャスティングが素晴らしかった。ど田舎の田圃地帯でロリータファッション決めている桃子役に「自分の前々生はマリー・アントワネット」と言っていた深キョン以外の誰が演じられるのか? いちご役の土屋アンナは本作出演前まで美少女モデルで通っていたが、この作品後にバラエティに番組で見せる素顔は本作そのまんま。そんな絶妙キャストを得て対照的なキャラの二人のヘンテコリンな友情物語が展開。中島哲也はCM監督出身ならではの企画の目利きに優れていて、以降有名女優を起用して話題作を連発する事に。レディースの元頭役に扮した小池栄子は「芸能界で一番キャット・ファイトが強そうな女」に選ばれた事も。

 

92『カナリア』(04年 監督・塩田明彦 主演・石田卓也)

 「オウム真理教事件」をモデルにした作品は多く世に出たが、一番良かったのが本作だった。かつてテロ事件を起こしたカルト集団の施設で母親と妹と暮らしていた少年(石田)は、現在はそこから離れ児童相談所に引き取られたが、そこを脱走して単身妹を引き取った祖父の家に向かう…。疑似ドキュメンタリー風な味わいもある繊細な映像で、カルト宗教の洗脳が完全に抜けきっていない状態で誰にも頼る事もできず妹探しの旅を決行する少年の痛切さが胸を打つ。途中ひょんな事から道連れになる、邪悪な家庭を嫌って家出した〇〇少女を演じた谷村美月も『タクシー・ドライバー』のジョデイ・フォスターと並ぶくらいのインパクトがあった。

 

93『ザ★ゴールデン★カップス ワン・モア・タイム』(04年 監督サン・マー・メン 主演ザ・ゴールデン・カップス)

 伝説のGSグループ『ザ・ゴールデン・カップス』の軌跡を巡るドキュメンタリー。前半は米軍基地があった本牧で結成された彼らが「不良系GSバンド」としてブレイクしていき、やがてGSブームが去り解散を余儀なくされるまでの過程を、彼らのファンだった著名人のインタビューを混じえて構成、まんま60年代後半の若者風俗の一端を物語るという意図も伺える。後半は本作の為に企画された31年ぶりの再結成ライブ。若い頃の不摂生が祟ったのかメンバーの半分がもうヨレヨレでかなり痛々しくもあるのだが(その不摂生メンバーは全員故人になってしまった…)、繕う事なく現状を見せたという意味では彼らもそれなりの決意で臨んだのだろう。

 

94『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(04年 監督・吉田大八 主演・佐藤江梨子)

 本作は原作者と同じ出身県繋がりで石川県の能登で地元の協力の下撮影された「町おこし」映画なのだが、内容はそれとは性質を全く逆にする物だった(笑)。ネットはダイヤル回線でしか繋がらない様など田舎に帰省した、自称・女優の次女(佐藤)を巡ってホラー漫画好きの妹や兄夫婦がトラブルに巻き込まれる…。文化過疎地な田舎の描写もシビアだが、それにもましてヒロインの勘違い度が甚だしく、こんな見ていて不快にさせられる主人公は女なら本作、男なら『オルゴール』の長渕剛が双璧であろう。そんな負の要素も積み重ねた描写がブラックな笑いを想起させる、人間観察に抜き出た女性演劇人ならではの視点が本作の特徴。

 

95『海炭市叙景』(10年 監督・熊切知嘉 主演・谷村美月)

 近年になって相次いだ佐藤泰志小説映画化の第一弾。架空の街「海炭市」を舞台にした作品。海炭市という架空の街を舞台に、この地で這いつくばるにして生きている人々の姿をオムニバス形式で描く。いかにも純文学小説らしい作品だが自主映画出身の熊切和嘉(山下敦弘などと同じ大阪芸術大学出身)の骨太演出には浮ついた所が全くなく、豪華な出演陣も演技しているという色を極力消して臨んでいる感じで街の風景に溶け込んでいる。函館市をイメージして書かれた小説なので函館市の全面協力を得ての製作だったが、これも所謂「町おこし映画」というテイストはない。本作で注目した熊切監督だったがその後の作品はイマイチ…。

 

96『大鹿村騒動記』(11年 監督・阪本順治 主演・原田芳雄)

 300年以上続く「大鹿村歌舞伎」で有名な長野県大鹿村を舞台で、その歌舞伎の役者である主人公(原田)の下に彼の妻(大楠道代)と駆け落ちした男(岸部一徳)が妻とひょっこり戻ってくる。だが妻は記憶障害に罹っており岸部には怒っても記憶喪失の妻には怒るに怒れぬジレンマ。その内ひょんな事から大楠の記憶が戻ってきて…。本作が遺作となった原田自身の企画で阪本組馴染みの面々含む有名俳優が多く出演してるが誰が観ても楽しめそうなコメディテイストで、一種往年のプログラムピクチャーみたいなストーリーの作品がキネマ旬報ベスト・テンでも高く評価されたのは異例の事に思えた。原田芳雄さん、長い間お疲れさんでしたね。

 

97『かぞくのくに』(12年 監督ヤン・ヨンヒ 主演・安藤サクラ)

 北朝鮮の帰国事業に呼応して北朝鮮に渡った兄(井浦新)が脳腫瘍の手術の為に帰国を許されて妹(安藤サクラ)は大喜び。しかし監視員が同行し兄の行動を見張っており、兄も複雑な思いを隠せない…。自分の家族を題材にドキュメンタリーを撮ってきたヨンヒ監督が初めて手掛けた劇映画。折角の兄の帰国が日本と北朝鮮間の軋轢で想像と違う物になってしまう。言いにくそうに頼み事をする兄に「オッパ、ウチにスパイみたいな事をさせたいんか!」と叫ぶ妹の言葉があまりにも重い。ドキュメンタリーではユーモアを塗して描かれていた家族像がここではシリアスかつ深刻に描かれている。宮崎美子が演じた気丈な母も今は認知症らしい。

 

98『桐島、部活やめるってよ』(12年 監督・吉田大八 主演・神木隆之介)

 高校バレー部のキャプテンだった桐島が部を辞める事の波紋が生徒間に徐々に広がっていき、それが生徒間の人間関係にも変化をもたらす。画面には一切登場しない桐島関連の男女が織りなす学園物なのだが個々に描かれる登場人物のエピソードが過不足なく描かれている事に唸らされた。取り敢えずの主役は映画部の前田(神木)で、中学が同じだったバトミントン部のコ(橋本愛)を好きで、彼女も前田を友達ぐらいには思ってくれてるかに見えたがそうではなかった。やっぱ映画オタクって女の子には敬遠されがちなのか…。その後映画で活躍する若手スターが大挙出演しており、単館上映から大ヒットまでに繋がったのは某作品同様。

 

99『百円の恋』(14年 監督・武正晴 主演・安藤サクラ)

 30を過ぎても実家で引きこもり生活のヒロイン(安藤)は、出戻りの妹と折り合いが悪くなった事で漸く実家を出て百円ショップの従業員になるが、そこはダメ人間のるつぼみたいな場所だった。そんな店に頻繁にバナナを買いに来る中年ボクサー(新井浩文)に興味を引かれるヒロインに、あろう事か彼の方から接近してきて…。いいトコ全く無しな女が男に邪見にされたのを見返すべく自らもリングに上がるというストーリーだが、ヒロインのダメ女ぶりの容赦ない描写が無謀なボクサーデビューに説得力を持たせて素直に声援を送りたくなった。安藤サクラの熱演と共に、新井浩文もさすがの存在感なんだけど今は「塀の中の人」になってしまった。

 

100『クリーピー 偽りの隣人』(16年 監督・黒沢清 主演・西島秀俊)

 犯罪心理学者の高倉(西島)は刑事からの依頼で八年前のとある一家行方不明事件の捜査に協力。彼の家の隣には西野(香川照之)という男が妻や息子と住んでいたはずだが、今は娘しか見かけないといい、高倉の妻(竹内結子)も不審に思っているのだが…。残酷過ぎてマスコミもちゃんと報道しなくなった「北九州一家殺人事件」からインスプレーションを得た小説の映画化。ところどころに見受けられる黒沢らしい演出のテイストもさる事ながら、偽りの隣人に扮する香川照之の演技が『半沢直樹』の顔芸以上に狂気を孕んだ物で、殺人嗜好に憑りつかれ次々と殺し重ねる彼の姿にフイクション越えた戦慄を覚えたのは俺だけではないだろう。

 

 選んでみるとやはりまだ若く、かつ映画を観るのが楽しくてしょうがなかった70年代後半から80年代に観た作品がやはり圧倒的に思い入れが強く、その頃の作品は他にもいっぱい選びたい作品があったのだが割愛せざるを得なかった。90年代中期ぐらいからプログラムピクチャーの旧作を観る事が楽しくなってきて、新作への思い入れはかなり希薄になってしまった。

 ゼロ年代の中ごろまで映画ミニコミ誌の日本映画批評を書いていたのでまだ新作に接する機会は定期的にあったが、ミニコミ誌がなくなってからは映画館に行く機会自体が激滅し、映画はケーブルTVで観るのが通常になってしまった。今回の⑩で挙げた作品も半数はケーブルTVで追っかけて観た作品である。ど田舎住まいになってしまった現状ではもう映画館に行く事は皆無な上加齢の事もあり映画の記憶力も若い時期とは大違い。日本映画自体への愛情は衰えていないとはいえ、映画への関わり方は昔に比べると随分変わってしまったなあ…と顧みらざるを得ないこの頃である。