舞台はコネティカット州。マット(スティ―ヴン・セガール)は地元警察に所属する刑事だったが酒とギャンブル癖が治らず、あげくの果てに警察の押収品保安庫から押収した麻薬組織の売上金を横領した相棒の罪を着せられて懲戒免職に。妻とは離婚し妻は今マットの同僚だったスティーヴ警部補(マーク・エリオット・ウィルソン)と再婚しており、娘のベッキーとはたまに面会が許されているのが救い。いつもの様に博奕で大負けしたマットは借金まみれになったが…。

 

 忘れた頃につい観てしまうのがスティーヴン・セガール師匠の『沈黙』シリーズなのだが、本作は『沈黙』のタイトルが付いていない。師匠の芸能生活(俳優生活ではないんかい!)20周年記念作という事でちょっと特別誂えの作品? ただ本国の米国ではDVD発売オンリー、劇場公開されたのは日本だけという師匠の近作にありがちなパターン。監督のロエル・レイネはオランダ出身だがこの作品をきっかけに現在はロサンゼルスに居住し、その後もB級アクション作品を中心に活躍している様だ。師匠の共演には初期のジェームズ・キャメロン作品の常連だったランス・ヘンリクセン、ジャズ歌手でもあるレネイ・エーリス・ゴールドベイなどが出演。

 

 カジノの駐車場で借金取りとの話し合いの最中突然謎の集団から襲撃されるマット。頭目らしき男ブルーはマットに「俺たちはお前の敵ではない」と言い、連れていかれたマットは謎の老人(ランス・ヘンリクソン)と対面させられる。老人はマットがかつて特殊部隊の暗殺チームに所属した伝説の暗殺者である過去を知っており、彼の100万ドルを超す借金を肩代わりする代償として彼に法で裁けぬ犯罪者の暗殺を持ちかける。断る余地無しと判断したマットは渋々了承。最初のターゲットは偽ドル札製造で荒稼ぎするイタリアン・マフィアの頭目ブルーノ、二人目のターゲットはブルーノの商売相手のチャイニーズ・マフィア。そして三人目は…。

 

 酒とギャンブルに明け暮れるダメ男という設定はセガール師匠らしからぬダウナーなイメージがあり新鮮味はあるが、いかんせん師匠の演技力はB級ならぬC級レベルなので人生に苦悩する人役のリアリティが殆どなく、陰気な印象だけ強くなった感じ。そんな彼の戦闘能力を評価して現代版仕事人みたいなのに仕立てようとする謎の集団。悪党相手に無敵な強さを発揮するセガール師匠だが、三人目のターゲットが意外な人物だった事から、沈黙シリーズとは一味違ったハードボイルドタッチな展開へと流れていく。ターゲットを仕留める際に発する台詞などは他の人が演じていたら決まっていたかもしれないが、セガール師匠には似合わない。

 

作品評価★★

(芸能生活20周年記念なのでいつもと違った役柄に挑戦という企画なのかもしれないが、武道家出身のセガール師匠に「生きる事への悩み」なんか吐露してもらっても観てる方は燃えないです。やっぱり『沈黙』シリーズみたいな単細胞的なアクションこそがこの人の生きる道)

 

映画四方山話その597~追悼・桂千穂

 日活がロマンポルノに転向した直後、一部の映画評論家や映画監督から「ポルノなんて」と侮蔑する発言が相次いだ。それに対し最も痛烈に反論したのが本職の映画評論家ではなく、新進脚本家として売り出していた桂千穂だった。その発言が評価されて『熟れすぎた乳房 人妻』(73)でロマンポルノデビュー、以降ロマンポルノの脚本家として多数の脚本を書く事に。

 脚本家になるまでに様々な経験を積んだ人であり、映画脚本デビューした時点で40歳を越えていた。脚本活動の傍ら『映画芸術』誌などで批評活動も並行し行っている。本職の映画評論家ならまだしも、本職脚本家となると当然ながら同業者からの誹謗中傷なども多かったはずだが、本人はそんな事にもめげず近年まで評論活動を継続。彼の批評眼はただ一つ「プロの仕事をするべし」。観客を愉しませる事を一義的な物として捉え、監督の主観が先走った作品や安直な自主映画系の作品などは容赦なく斬り捨て、大ヒットしているのに批評筋からは「最低の映画」と侮蔑されていた石井輝男のエログロ系作品を早くから評価。但し自主映画畑出身監督でも「プロの仕事」と判断すれば積極的に評価し、新人監督と仕事をするのも拒まなかった。

 

 その代表例がCM監督からの劇場映画デビューとなった大林宜彦の『HOUSE ハウス』(77)。大林と桂千穂はB級ホラー映画嗜好の趣味が合う物同士として付き合いが始まり、最初は桂千穂が脚本を書き17年に映画化された『花筐/HANAGATAMI』を処女作にする予定だったが流れ、『HOUSE ハウス』が二人の最初の共働作品となった。当時ああいう奇天烈な作品の脚本を書こうというプロの脚本家は他に見当たらなかったとは思う。

 確かに桂千穂には、こういう誰もがやらないであろう過激な脚本を書きたがる傾向があり、『暴行切り裂きジャック』(76)に始まる一連の長谷部安春監督とのロマンポルノ作品では無差別殺人、ホモセクシャル、死姦という今の時代ではとても映倫審査が通りそうもない題材に挑んでいる。筒井康隆の同名コメディ小説の映画化『俗物図鑑』(82)では監督の内藤誠と共同で自主製作してまで映画化に漕ぎつけた。この作品は当時のサブカル系ライターなどが大量出演している珍作中の珍作と言え、桂との親交で大林宜彦まで役者として出演している。

 そんな異色作を手掛ける一方で批評筋からは評価され難いロマンポルノのB級作品の脚本も請われれば二つ返事で?引き受けており、橋本忍みたいな所謂「大家」の脚本家として見られるのを良しとしなかった矜持があった…と言えるだろう。

 その意味で言えば桂千穂の死(一般紙に記事が載ってなかった事もあり、つい最近知ったばかりだ)は、プログラムピクチャー時代を体現した映画人がまた一人消えた…という事になる。ちなみに彼が同業者である脚本家にインタビューした『にっぽん脚本家クロニクル』(96年 ワールドマガジン社)は、現在も俺が資料として重宝している名著だ。