偶然みたいなきっかけから現代音楽の分野からスタジオミュージシャンの道へと入っていった坂本龍一。折からのスタジオミュージシャンブームもあり、プレイヤー&アレンジャーの仕事をこなしていく内徐々に頭角を現していった。俺が彼に注目したのも佐藤博という中央線フォ―クシンガー(同姓同名のキーボードプレイヤーとは別人)のアルバムで、完全にフォークを逸脱した過激アレンジを試みていた事から。

 そんな仕事をこなしつつ坂本はスタジオで知りあったミュージシャンたちと『六本木ピットイン』を舞台にライブ活動を始めだしたのが78年頃からか。『YMO』も当初はパーマネントグループではなくセッション活動の一つと考えていた節があり、YMOのデビューアルバム発売(78年)後も他のセッションやプロジェクトに参加したりしている。

 さっき聴いた『サマー・ナーヴス』はCBSソニー側から坂本に企画を持ち掛けられて実現したアルバム。参加メンバーはYMOの僚友・高橋幸宏(全曲に参加)を始め当時スタジオミュージシャンとして注目されていた人ばかりで、渡辺香津美の『KILYN』とかなり被った面子であり、調べてみると『KYLYN』はこのアルバムとほぼ同時期に発売されているのだ。

 

 アナログA面1曲目『サマー・ナーヴス』はKYLYNにも参加していた矢野顕子が作詞、坂本が作曲。何と滅多に唄わなかった坂本自身が英詞で単独生ヴォーカルを取る珍曲。それもレゲエアレンジという意表を突いた楽曲だが、きらびやかなアナログシンセの音色は確かに後年の矢野顕子ぽい。ただ間奏のソプラノサックスソロなどはいかにもフュ―ジョンという感じもある。

 2曲目『YOU'RE FREND TO ME』は当時流行っていたソウルグループ『シック』の曲のカバー。流行のソウルミュージックも緩いインストレゲエに変えてしまうのが過激(笑)。女性コーラスにボコーダーを通した坂本のヴォーカルが重なり不可思議なBGM曲に仕上げている。

 3曲目『SLEEP ON MY BABY』は矢野顕子作詞作曲で坂本矢野のWヴォーカルになっている。後の二人の共働を予知する様なニュー・ウェイヴ色強い曲で、YMO関連曲としてラジオなどでも良くかかっていたっけ。ギターに大村憲司と別名で渡辺香津美が参加。一旦終わると見せかけ全く違ったメロディーに展開していく所が憎い。

  A面最後の曲『THEME FOR ”KAKUTOUGI”』は高橋幸宏と吉田美奈子の旦那だった音楽プロデューサーの生田朗が作詞、坂本が作曲。小原礼のベースが主軸となったコーラス&インストナンバーで、当時流行していた軽めのディスコナンバーぽい。ただ腕利きプレイヤーの演奏力は高くギターソロを取るのはバッキングギタリストとして重宝がられた松原正樹、サイドギターがあの鈴木茂という豪華な面子。タイトル通り日本テレビ『全日本プロレス中継』の番組テーマとして使用された。

 

 アナログB面1曲目『GONNA GO TO I COLONY』は坂本作詞作曲。電気加工されたヴォーカルを取っているのは山下達郎らしい(坂本はソロデビュー直後の山下の楽曲に参加している)。生ヴォーカルなら温もりある歌になる所をわざと変声にしているひねくれぶりが坂本らしいと言えようか。これも一応はレゲエビートなのだが。

 2曲目『TIME TRIP』は安井かずみ作詞、坂本作曲。これもヴォコーダーで日本語詞をわざと聴き取りにくくしてある。ヴォーカルはもしかして幸宏かもしれない。YMOぽい音作りとやや懐かしさを覚える歌謡曲にも通じるメロディーがシンクロしているユニークな曲。細野晴臣の音楽からの影響大?

 3曲目『SWEET ILLUSION』は坂本作曲のコーラス(山下&吉田美奈子)&インスト曲。渡辺が参加している事でグッとKYLYN色が強くなっている。快調な坂本のアナログシンセ演奏を主軸に渡辺と大村がギターでバトルを展開という、正に格闘技にふさわしいアレンジ。

 最後の曲『NRURONIAN NETWORK』は細野作曲のインストで坂本の多重録音ソロ。故に坂本のYMO解散後のソロ活動にも通じる、親しみ易いオリエンタリズムを塗した曲に仕上がっており、こういう曲を聴くと坂本と細野の出会いが日本のマイナーだったロックシーンを一変させた…と言っても過言でないと思う。

 

 あくまで発注あってこその企画アルバムなので聴き手を限定する様な過激な音作りはされていないとは言え、スタジオワークから徐々にメインミュージシャンへと転身していった坂本龍一のい軌跡を辿る意味では無視できないアルバム。このアルバムを叩き台にして、坂本は親しみ易さと過激さを同衾させたYMOの音楽性を形作っていったと言えるのではないかな。