90年代のレスラー界には随分と変わり種がいたけれども、中牧昭二程の変わり種はいないかもしれない。運動具メーカーに勤務していた中牧は退社後『さらば桑田真澄、さらばプロ野球』でプロ野球選手のタカリ体質を暴露本に記述してベストセラーを記録。その後は『東京スポーツ』でプロレスラーになる宣言をしメガネスーパー主宰団体『SWS』の入団テストを受けたが不合格。

 そこへ登場したのがこういう弱い立場の者を掌で転がすのが天才的に上手い大仁田厚。「お前は最低な事をした最低な奴、でも面倒見てやるからありがたく思え」と押しつけがましい態度で入門を許可。一番下っ端レスラーとして92年中牧を『FMW』に加入させた。「恩師とその弟子」的なアングルを作りたかった大仁田は年末のタッグリーグのパートナーに中牧を指名したが、中牧は「出場契約は終わっている」と拒否しFMW離脱を一方的に通告。当時これだけはっきり大仁田にNOを突きつけれたインディーズレスラーは他にいなかった(これで大仁田とは永遠に決別…と思いきやそうならない所がプロレス界の魑魅魍魎さ)。

 で、中牧はFMWのライバル団体『W★INGプロモーション』入門テスト代わりのチャレンジマッチに挑み敗北したが、その健闘ぶりが認められて入団。その後W★INGの後継団体『IWAジャパン』「大日本プロレス』と転々としながらデスマッチ一筋のレスラー道を歩み続け、ミスター・ポーゴと共に大日本プロレス離脱を宣言した時には大揉めになり路上喧嘩のトラブルにも巻き込まれている。

 レスラーになるまでレスリング経験はなかったが、米国レスラーの前職にありがちなアメフトを大学時代にやっており、レスラーとしては小柄ながらもがっしりとした体格とサロン焼けした精悍な肌が印象的だった。試合はGパンの私服姿が多く、それだけストリートファイト系の試合が多かったって証明だ。

 俗に言う「ド素人上がり」のインディーズレスラーだが、試合の印象は決して悪くなかった。30代でデビューした事もありレスラーになるのに他のレスラーにはない決意や覚悟があったはずで、そういう重い物を背負って闘う的なモチベーションが彼の試合に感じられた。公にはなっていないが十年ぐらいサラリーマンをやっていたのなら妻子もいたのではないかな?

 俺が強く記憶しているのはW★ING時代の屋外ストリートファイトマッチと、IWAジャパンの後楽園大会のタッグマッチ(だったと思う)で対戦したカクタス・ジャック(WWE人気レスラーになったミック・フォーリー)との有刺鉄線マッチでの攻防。前者の試合では対戦相手に自動販売機の角に額を叩きつけられ、中牧のどす黒い血が自販機にベッタリ付着していた。誰かが綺麗に後始末はするんだろうけど気色悪かっただろうなと。

 後楽園ホールの試合ではカクタスのラリアットを有刺鉄線を背にして受け、カクタスと共にリング外に真っ逆さまに転落。勿論防御マットは敷いてあるのだが、それでも頭から落ちたら廃人になってもおかしくない。そんな捨て身のやられっぷりも彼の魅力だった。

 インディ―ズ団体とはいえ格闘技経験なしの.中牧が移籍して直ぐエース級になれたのには、その捨て身の試合内容と共に堅気の会社社員経験も効を奏したと言われている。インディ―ズ団体のレスラーはメジャー団体に入れないプロレスファン上がりの連中が主で、プロレス以外はバイトレベルの仕事経験しかないのが殆ど。そんなガキンチョみたいな連中をまとめる「大人」の役回りが中牧だ。件の野外試合でもセコンドに付いた、年齢は下だがレスラーとしては先輩にあたるはずの選手が「中牧さん」とさん付けで呼んでいた事を記憶している。

 プロレス界の裏街道で奮闘してきた中牧昭二の「男の花道」は、大日本プロレス時代対抗戦の名目で97年1月新日本プロレス新春東京ドーム大会で行った対蝶野正洋戦。短時間で敗れたとはいえ大メジャー団体のエースレスラーと堂々シングルマッチを闘った。観客数も日頃の試合とはけた違いである。

 そんな風にカオスな90年代で花開いた中牧昭二も97年に大日本プロレスを辞めた後はあんまり試合を見る機会はなくなっていったが、実はカムバック後FMWから身を引いていた、因縁関係にあるはずの大仁田と再三デスマッチで闘っていた。そして大仁田が参議院議員に当選した暁には彼の秘書に…って、人間関係が錯綜し過ぎだけど凄い! 大仁田が議員辞職しても請われて他の自民党議員の秘書もやっていたというから、インディーズプロレス界のみならず政治の世界でも上手くやっていけてたんだなあ。元デスマッチレスラーらしからぬ転職ぶりであります。

 現在は政治家秘書も辞めて芸能事務所の顧問をやり、プロレスのリングに所属アイドルタレントを上げて歌を唄わせたりしているとか。年齢的にはもう小学生ぐらいの孫がいてもおかしくない。大晦日は孫と一緒にお笑いコンビ、ダウンタウン恒例の特番『笑ってはいけない』で月亭邦正にビンタをかます蝶野を指さし「お爺ちゃんはこの人と東京ドームで闘った事があるんだよ」と自慢しているのかもしれない。

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