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 米国のシンガー・ソングライターというと、どうしてもウエスト・コースト系の人たちをまず思い浮かべてしまう俺。それだけウエスト・コースト・ロック全盛時の洗礼を浴びた記憶が俺の中で鮮烈だったからで、当然イースト・コースト、例えばNYなんかにも優れたシンガー・ソングライターも多くいる。ローラ・ニーロもそんな中の一人で生粋のNY育ちだ。
 彼女の音楽はウエスト・コースト系のそれとは違うし、女性シンガー・ソングライターとしても初期のジョニ・ミッチェルなんかとも全く違う。まず単純に歌の上手さだろう。元々ドゥ・アップや黒人音楽が好きで少女時代にヴォーカルグループを結成しストリートで唄っていたというから、それは筋金入りだ。
 19歳の時まずソングライターとして多くのミュージシャンに楽曲を提供して注目され、あの『モントレー・ポップ・フェスティバル』にも出演している。作曲活動に比べるとソロ活動は直ぐに順調とはいかなかったみたいだが、68年頃から漸くソロアーテイストとしても評価される様になっていったらしい。
 そんなローラ・ニーロが71年に発表した五枚目のアルバム『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』は、彼女にとってはかなり冒険的な企画であった。シンガー・ソングライターのアルバムなのに彼女のオリジナル曲が一曲もない、全編R&B曲のカバーアルバムだったのだ。
 このアルバムを作るきっかけを与えてくれたのは、後に全米№1ヒット『レデイ・マーマレード』を放つガールズ・グループ『ラベル』との遭遇である。以前からラベルの大ファンだったローラ・ニーロはラベルとのレコーディングを希望。その願いが白人ながらR&Bのカバーソングを歌うアルバムの企画意図へと繋がっていったのだ。だからアルバム『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』の正式アーティスト名は『ローラ・ニーロ&ラベル』になっている。プロデュ―スを務めたのは「フイラディルフィア・ソウル」の仕掛け人になったプロデューサーコンビ「ギャンブル&ハフ」。翌72年に彼らの作ったサウンドは一大ブームを巻き起こす事になる。

 アナログA面1曲目『アイ・メット・ヒム・オン・ア・サンデー』はガールズ・グループ、『ザ・シュレルズ』が58年に放った中ヒット曲。冒頭手拍子から始まり、ラベルをバックコーラスに従えてアカペラスタイルで唄うローラ・ニーロ。伴奏が付いてからも冒頭の爽やかな感じが終始変わらずいい感じ。演奏に切れ目なく二曲目『ザ・ベルズ』へ。モータウンのヴォーカルグループ『オリジナルズ』が70年に発表した曲で、共作者にマーヴィン・ゲイの名が。恋愛讃歌的な曲で、コーラスのラベルとの絡みも素晴らしく、ローラ・ニーロのソウルヴォーカルの素晴らしさを堪能できる一曲となっている。
 3曲目は『モンキー・タイム~ダンシング・イン・ザ・ストリート』のメドレー。『モンキー・タイム』は元『インプレッションズ』を経てソロとして活躍したカーティス・メイフィールドの曲、『ダンシング~』は『マーサ&ザ・ヴァンデラス』が唄いスタンダード化した超有名曲。カーティス・メイフィールドのファルセット風ヴォーカルとは異にしてローラ・ニーロは女性らしく華やかに唄い上げており、彼女ならではの解釈と言えようか。『ダンシング~』はオリジナルのイメージを生かし、サウンドもモータウンテイストだ。
 4曲目『デジレー』は『チャーツ』というドゥアップグループの曲らしい。透明感のあるサウンドをバックに唄うローラ・ニーロ。他のカバー曲とは違い「いつものローラ・ニーロ」寄りの曲に仕上がっている。でも長さが二分もないんだけど…。
 A面最後の曲『ユーヴ・リアリー・ゴッタ・ホールド・オン・ミー』は、『ザ・ミラクルズ』62年のR&Bチャート№1ヒット曲で、作者は勿論ミラクルズのリーダー、スモーキー・ロビンソン。これは『ザ・ビートルズ』のカバーが有名で、ビートルズのロックヴァージョンを思い浮かべながら聴くと、ローラ・ニーロの黒人音楽への拘りがシミジミと伝わってきますね。エンディング近くになるとアップテンポに転調、最後はアカペラの掛け合いでフェイド・アウト。

 アナログB面1曲目『スパニッシュ・ハーレム』は、ベニー・キングという人のオリジナル曲で、共作者にあのフィル・スペクターの名が。アレサ・フランクリンがカバーして有名になった曲だとか。ローラ・ニーロもアレサのカバーを参考にしたのかな? タイトル通り何処か異国感が漂うアレンジで、ブラスセクションと共にピアノがサウンドの中心に位置しており、ローラ・ニーロのヴォーカルの上手さとシンクロし聴き手も暫し別世界へと誘われる?
 2曲目『ジミー・マック』はマーサ&ヴァンデラス』67年のR&B№1ヒット曲。去ってしまった恋人への想いを綴ったラブソングだが、聴き手の多くはベトナムで死んだ兵士に捧げる歌と取ったみたいだ。そういう事を念頭に置いて聞くと明朗なサウンドの裏に隠された哀しみみたいな物も伝わってきて味わい深い。
 3曲目『ウィンド』は、静寂なインストパートからヴォーカルが始まる辺りの神々しさが溜まりません。良くも悪くも「自分」を押し出すウエスト・コースト系シンガー・ソングライターとの差異をはっきりと感じさせる。この曲のローラ・ニーロのヴォーカルにはゴスペル的なニュアンスもある。
 4曲目『ノーホエア・トゥー・ラン』も65年にマーサ&ザ・ヴァンデラスが放ったヒット曲のカバー。テンポのいいドラムスが印象的なイントロが、ラベルをコーラスに従えたガールズグループスタイルへと繋がっていく。延々と続くコーラスワークとの絡みに注目。シンガー・ソングライターのスタイルに拘らないローラ・ニーロのチャレンジ精神溢れるカバー化だ。
 最後の曲『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』は『ロイヤレッツ』というグループの65年のヒット曲。別れた恋人への恨みと未練を綴った女々しい歌詞らしいが、ローラ・ニーロはラベルを従えて見事にスローバラードを歌い上げていく。これぞホワイト・ソウル・レディの本領発揮…という所。

 シンガー・ソングライター像をローラ・ニーロに求め続ける人には多分歓迎できないアルバムだろうが、ローラ・ニーロのR&B愛が詰まった名盤であると俺は思う。そして先に述べた様に何よりも彼女のヴォーカリストとしての魅力が十分に味わえる。先入観無しに聴いて欲しいですね。
 実際このアルバムはビルボードのポップスチャートのみならず、ソウルチャートでもランクインしポップチャートよりも若干上位にランクインしたみたいだ。という事は黒人層にもそれなりにアピールしたって事だよね? ローラ・ニーロにとっても嬉しい出来事だったはずだ。
 しかし彼女はこのアルバムでやりたい事はやり尽くしたと感じたのか、発売直後に若干24歳で結婚引退してしまう。それから五年後にカムバックを果たすが、活動はよりマイペースというか、かなり地味な物になってしまったみたいで、実際リアルタイムでも彼女の活動状況には殆ど俺の耳には伝わってこなかった。それだけ早熟系のミュージシャンだった…という事なんでせうか。97年に亡くなった時もそれ程話題にならなかった様な…。

ローラ・ニーロ&ラベル『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』(フル・アルバム)