宙には、育ててくれている『ママ』と産んでくれた『お母さん』がいる。厳しいときもあるけれど愛情いっぱいで接してくれるママ・風海と、イラストレーターとして活躍し、大人らしくなさが魅力的なお母さん・花野だ。二人の母がいて「さいこーにしあわせ」だった。
宙が小学校に上がるとき、夫の海外赴任に同行する風海のもとを離れ、花野と暮らし始める。待っていたのは、ごはんも作らず子どもの世話もしない、授業参観には来ないのに恋人とデートに行く母親との生活だった。
代わりに手を差し伸べてくれたのは、商店街のビストロで働く佐伯だ。花野の中学時代の後輩の佐伯は、毎日のごはんを用意してくれて、話し相手にもなってくれた。ある日、花野への不満を溜め、堪えられなくなって家を飛び出した宙に、佐伯はとっておきのパンケーキを作ってくれ、レシピまで教えてくれた。その日から、宙は教わったレシピをノートに書きとめつづける。
──きっと、この物語はあなたの人生を支えてくれる。
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文庫化された作品は必ず読んでいる作家「町田そのこ」
文庫化を待つ理由は、ハードカバーは値が張ること&手軽に持ち歩けない、が一番なのですが、文庫化される際に誤字・脱字の訂正や一定の推敲などが入る事、文庫版だけに収録される掌編などが加わることなどもその理由です。
「宙ごはん」
期待を裏切らない。どころかこちらの予定調和的な思考を悉く
壊してくる流石の筋立てでした。
書籍紹介の時はいつも困るのですがつまみ食いのようにストーリーを紹介する訳にはいきませんよね、、、
何やらほわっとしたタイトルとは対極にある怒涛の物語が展開します。
それでいてやはり付されるべきタイトルは「宙ごはん」なのです。
世の中、理不尽なことで溢れてます。
祈り続けることで正義を体現するような出来事がやってきて、その理不尽を粉砕する、、、訳でもない。
それどころか現実は理不尽が理不尽に追い打ちをかけてやって来る。
そもそも「理不尽」とは、心に何らかの「規範」という基準を持っているがゆえにその事象を「理不尽」だと思うに至るのかもしれません。
誰に教わるでもなく必死に誰かを助けたいと思う気持ちとか。
誰かを傷つけまいとする思いとか。
現実はそれが無い人だっている。
けれど確かに持っている人もいる。
理不尽な世の中に振り回されながらも生きて渡って行くしかないのが人間なのでしょう。
「なぜこんな目に会うのか?」に意味がある訳ではないし、そこに理由を求めても何も生まれることはなく空しいだけでしょう。
意味付けるべき重要なことは「こんな目に会った」その次の一歩がどう踏み出されるか、にあるのでしょう。
人知を超えた根源にあるであろう共通的な何かを信じたいと思う。
町田さんの作品は誰かの背中を押す可能性に満ち溢れている。
素晴らしい作家だと思います。
どれだけ冷たくてぼろぼろの「ハレルヤ」であっても、発せられた叫びのそれはその人にとっての「ハレルヤ」であるということ、、
※このヴァージョンって発表されたものと異なるテイクですね。
これも良い、、、
最近読んで面白かった本たち、、、
アメリカはこのタイプのお話がベストセラーとなるのですね!
人生を俯瞰する手法は「ガープの世界」とか「フォレストガンプ」を思い出しました。
何かを抱えたままずっと生きていくこと。生易しいことではない。
宮沢賢治の父が主人公。
相当に苦労し取材して集めた情報に肉付けを行い物語に昇華させる門井慶喜さんの見事さよ。



