
私の大好きな映画、「JUNO」(ジュノ)という映画の中でこんなセリフがあった。
16歳のちょっと変わった女の子ジュノは、好奇心から予定外の妊娠してしまう。
彼女は生まれて来る赤ちゃんに完璧な両親(養父母)を見つけようと思い立ち、
子供のできないある夫婦と出会う。
しかし、完璧だと思っていたその夫婦にも離婚の危機が訪れていることを知り、傷ついたジュノが、
父親に問う。
「愛し合う2人の人間が永遠に一緒にいることってできるのかな?」
すると父親は、なかなか難しいことだと言いながらも、こう答える。
”Look...
in my opinion, The best thing you can do is...
(いいかい、パパが思うに、何よりも大事なのは・・・)
find a person who loves you for exactly what you are.
(ありのままのお前を愛する人を見つけること)
Good mood, bad mood, ugly, handsome, what you have. ”
(上機嫌、不機嫌、醜い、美しい・・・お前が持つ、そのままを)
「ありのままの自分」。
これがやっかいなもので、私を含めたいていの人は「ありのままの自分」に自信がないんだと思う。
”「ありのままの自分」を受け入れてくれる人”がどこかにいるなんて、
そんなの少女漫画か、おとぎ話の中の話だと、どこかであきらめていて
あきらめることで自分を納得させている。
だから、人に好かれようと、「空気」読んでみたり、条件絞って「婚活」してみたりするんだと思う。
好きな人の好きな人になりたくて、
外見や、話し方や、行動、全部を変えようと躍起になったりする。
無理をしてでも変わりたい、あの人好みに変わりたい、と思う。
でもある瞬間ふと思う。
・・・「私、私自身の人権、完全無視してるな」
「ありのままの自分」なんて全然魅力ないし、なくてもいい、とか思ってる自分に気付く。
よく考えたらこれは、自分自身に対して大変失礼な話である。
自分で自分の価値を認められないのは、やっぱり悲しいよ。
他人からも認められなくて、自分すら自分の価値を認められなければ、
死んでしまいたくなるだろう。
そういう意味で自己愛というのは自殺を食い止める最後の壁なんじゃないかと思う。
それにもしそうやって相手に好かれたところで、
自分はいつ化けの皮がはがれるかと、ひやひや、ずっと息苦しいままだろう。
そんなのは・・・・・やっぱ違う。気がする。
考えてみたら「JUNO」のセリフの中にあるように、「ありのままの自分」を受け入れてくれる人を
求めることは、別に恥ずかしいことでも何でもなく、とても自然な感情だよね。
そんな当たり前なことに気がついた。
「ありのままの自分」ってなんか何も努力しないことの言い訳、みたいで気が引けてたけど、
自分が、自分自身を成長させるために変わりたいって思うことや、
きれいに、かっこよくなろうと努力することだって、
そういう自分もきっと「ありのままの自分」なんだよね。
だから努力しなくていいんだー、じゃなくて、
「こうなりたい自分」がいて、それに向かって努力しているのも、今の「ありのままの自分」、
そんでたまにへこたれたり、怠けちゃったりしてるのも、「ありのままの自分」。
もしかしたら、きっとそういう「ありのままの自分」を好きになれた時に、
ちゃんと人を好きになれるのかもしれない、
「ありのままの自分」を愛してくれる人を見つけられるのかもしれないね。
家族や、いつでも思いやり合える、友人たちのように。