私情のために人を殺すなんて!
っていう意味合いの言葉を、時々アニメやら漫画、様々な創作中の、
熱血主人公が叫んでいる事があります。
叫ばれている相手は大抵、ロクでもない小悪党。
まかり間違っても、一度死んだと思わせておいての再登場で、味方になったりしない、
そういう、ただ単に主人公と対立している組織の極悪っぷりを強調するためだけに現れ、
やたらと自信たっぷりに対峙するも、あっさりと窮地に追い込まれ、
「金ならいくらでも出す、助けてくれ!」と言った、100人が聞けば90人は、
みっともないと受け取る命乞いをした後、だまし討ちをかけようとするも見破られ、
慈悲をかけられることなく止めを刺される、そういう奴ですね。
自分は私情のために人を殺めたことはない。
反対に、時折これも、主に創作ので見られる台詞ですが、というものもありますな。
現実に、そう言ったことを口走っていた人がいたせいか、ストイックな軍人等、
強固な掟のある組織に属している人物が、発言者となることが多いように思いますね。
そして大抵、この台詞を口にする人間は格好いい奴です。
対峙した敵の前に、涙を流して跪くような人物には、こう言った発言をさせてはならない、
などと言う暗黙の了解があるようにも感じられる気がします。
でもまあ、ぶっちゃけ、同レベルだよね。
俺もさ、何だか、印象付けのせいで後者の方がマシな気がするんだけどさぁー。
結局、人殺しをしていることにはちっとも変わりがないしさ。
冷静に考えて、後者の人間なんて操り人形ジャマイカ。
軍律だか規律だか何だか知らないけど、それに従って、自分の意志は封殺して、
目標となった人物の命を奪っている訳だ。
だけど、手を降した後に、いい具合に葛藤する姿が描かれたりして、
魅力溢れるキャラクターに仕立てられたりしている訳なんだよな。
でも、命令に従って暗殺を行っていたけど、やはり窮地になって、
惨めに命乞いを始め(だまし討ち込み)、許されなくて死ぬ格好悪い人、
ってのも結局、私情のために人殺しはしていない人物な訳でさ、
やっぱり行い自体は同レベルだよねー。
格好いいか悪いかは、台詞を吐き出している人間の人間性によるってことだろうな。
そんなことは抜きにして、本当に、私情のためではない殺しってあるのかね。
必殺仕掛人を初めとする、大ヒット時代劇、必殺シリーズの主人公達である、
仕掛人(仕事人でも可)達も、私情のための人殺しはしないという正義を持っていて、
確かにターゲットとなるのは、たいていの場合、100人が見て95人が、
死んでも良いと断を下すような悪人で、事実、命を奪う彼らは格好よかった訳だけど。
確かに、私情、ではないかもしれん。
私情とは、自分ひとりの考え、私心、自身の利益を得ようとする利己心の事を言うからだ。
大半の視聴者が、是非とも死ぬべきだ、という悪党が死に至る訳だから、
世の中全体の意志が推奨する行動、世の中全体が利益を得られる行動を起こしている、
と見ることが出来る。私、というよりは、公、と言ってもいいくらいだ。
先述の、私情のために人殺しをしたことがないストイックな軍人、も、
軍とか国の利益のために人を殺しているわけであって、似たような立場である。
しかしねえー、全体意志って言っても結局さぁ、その全体が10人なら10個の、
100人なら100個の、私情の塊だったりする訳でさあー。
一皮剥けば、やっぱり私情のために人を殺しているってことになるんじゃないかなー。
いや、あくまでも自分の利益ではなくて、全体の総意のためにやった、
って言い張るなら、そりゃ何だか、責任逃れをしているようにも聴こえる。
自分も全体の一部だってことを忘れているよね、うん。
全体、とは言わずとも、多数の意志に基づいて行動を起こしたけれど、
醜くて話にならないっていう例も存在しているしなあ。
人種差別から来るリンチ殺人とか、非道極まりないでしょう。
ありゃ、私情で殺したとは言い切れないと思うがね。
私情のためではない人殺し、なんていうのはやっぱりない気がするんだよね。
あるのは、見た人が許せる殺しか、許せない殺しかっていう二つの分別だけだと思う。
必殺シリーズの主人公達が格好よかったのは、私情のためではない殺し、
なんていうのは実際存在しない、矛盾は百も承知、ただそれを唱えるのは、
プロフェッショナルの持つ仕事への流儀――美学(仕事人当人達にとっては、
決して美しいものではないだろうから、語弊があるかもしれん)、みたいなものである、
ということが窺い知れたから何だろうな。
っていう意味合いの言葉を、時々アニメやら漫画、様々な創作中の、
熱血主人公が叫んでいる事があります。
叫ばれている相手は大抵、ロクでもない小悪党。
まかり間違っても、一度死んだと思わせておいての再登場で、味方になったりしない、
そういう、ただ単に主人公と対立している組織の極悪っぷりを強調するためだけに現れ、
やたらと自信たっぷりに対峙するも、あっさりと窮地に追い込まれ、
「金ならいくらでも出す、助けてくれ!」と言った、100人が聞けば90人は、
みっともないと受け取る命乞いをした後、だまし討ちをかけようとするも見破られ、
慈悲をかけられることなく止めを刺される、そういう奴ですね。
自分は私情のために人を殺めたことはない。
反対に、時折これも、主に創作ので見られる台詞ですが、というものもありますな。
現実に、そう言ったことを口走っていた人がいたせいか、ストイックな軍人等、
強固な掟のある組織に属している人物が、発言者となることが多いように思いますね。
そして大抵、この台詞を口にする人間は格好いい奴です。
対峙した敵の前に、涙を流して跪くような人物には、こう言った発言をさせてはならない、
などと言う暗黙の了解があるようにも感じられる気がします。
でもまあ、ぶっちゃけ、同レベルだよね。
俺もさ、何だか、印象付けのせいで後者の方がマシな気がするんだけどさぁー。
結局、人殺しをしていることにはちっとも変わりがないしさ。
冷静に考えて、後者の人間なんて操り人形ジャマイカ。
軍律だか規律だか何だか知らないけど、それに従って、自分の意志は封殺して、
目標となった人物の命を奪っている訳だ。
だけど、手を降した後に、いい具合に葛藤する姿が描かれたりして、
魅力溢れるキャラクターに仕立てられたりしている訳なんだよな。
でも、命令に従って暗殺を行っていたけど、やはり窮地になって、
惨めに命乞いを始め(だまし討ち込み)、許されなくて死ぬ格好悪い人、
ってのも結局、私情のために人殺しはしていない人物な訳でさ、
やっぱり行い自体は同レベルだよねー。
格好いいか悪いかは、台詞を吐き出している人間の人間性によるってことだろうな。
そんなことは抜きにして、本当に、私情のためではない殺しってあるのかね。
必殺仕掛人を初めとする、大ヒット時代劇、必殺シリーズの主人公達である、
仕掛人(仕事人でも可)達も、私情のための人殺しはしないという正義を持っていて、
確かにターゲットとなるのは、たいていの場合、100人が見て95人が、
死んでも良いと断を下すような悪人で、事実、命を奪う彼らは格好よかった訳だけど。
確かに、私情、ではないかもしれん。
私情とは、自分ひとりの考え、私心、自身の利益を得ようとする利己心の事を言うからだ。
大半の視聴者が、是非とも死ぬべきだ、という悪党が死に至る訳だから、
世の中全体の意志が推奨する行動、世の中全体が利益を得られる行動を起こしている、
と見ることが出来る。私、というよりは、公、と言ってもいいくらいだ。
先述の、私情のために人殺しをしたことがないストイックな軍人、も、
軍とか国の利益のために人を殺しているわけであって、似たような立場である。
しかしねえー、全体意志って言っても結局さぁ、その全体が10人なら10個の、
100人なら100個の、私情の塊だったりする訳でさあー。
一皮剥けば、やっぱり私情のために人を殺しているってことになるんじゃないかなー。
いや、あくまでも自分の利益ではなくて、全体の総意のためにやった、
って言い張るなら、そりゃ何だか、責任逃れをしているようにも聴こえる。
自分も全体の一部だってことを忘れているよね、うん。
全体、とは言わずとも、多数の意志に基づいて行動を起こしたけれど、
醜くて話にならないっていう例も存在しているしなあ。
人種差別から来るリンチ殺人とか、非道極まりないでしょう。
ありゃ、私情で殺したとは言い切れないと思うがね。
私情のためではない人殺し、なんていうのはやっぱりない気がするんだよね。
あるのは、見た人が許せる殺しか、許せない殺しかっていう二つの分別だけだと思う。
必殺シリーズの主人公達が格好よかったのは、私情のためではない殺し、
なんていうのは実際存在しない、矛盾は百も承知、ただそれを唱えるのは、
プロフェッショナルの持つ仕事への流儀――美学(仕事人当人達にとっては、
決して美しいものではないだろうから、語弊があるかもしれん)、みたいなものである、
ということが窺い知れたから何だろうな。