日本人ひとりの中国・日本語教師

日本人ひとりの中国・日本語教師

中国の大学で日本語教師もびっくりナニコレ体験記です



ご訪問ありがとうございます ヽ(^。^)ノ

中国の学校で日本語教師をしながらの暮らしは ハオチー・ハオホーの楽しい日々でした。


これからも機会があったら、どうぞよろしくお願いします。

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だんだん細くなってくる道を海風に吹かれながら歩いて行くと、歩道が途切れてしまった。

砂浜が分断されていた。

しかたなく近くの自動車道路の「東海中路」にでて、車がビュンビュン飛ばしている横をひたすらテクテク歩いて行くことに。



日本人ひとりの中国日本語教師

「もうバスに乗ってしまおうか」とも考えたが、ここまで来たら歩き通さないと悔いが残ってしまうと言い聞かせて、痛い足を引きずりながら歩いたのだった。


日本人ひとりの中国日本語教師

途中に廃墟となった美術館の跡があった。

人っ子ひとり歩いていない廃墟の道を行くと、どこからかゾンビでもあらわれそうな雰囲気の場所である。

かっては観光客でにぎわっていたのだろう。

けっこうこういう場所を見ることが多い。


日本人ひとりの中国日本語教師

やがてパッと視界がひらけてきた。

とてつもなく長い砂浜があり海水浴場となっていた。

砂浜では若者たちがサッカーをしている。



日本人ひとりの中国日本語教師


わたしはくたびれ果てて座り込んでサッカーを見ていると、その視線の先にニョキッと海から突き出ている大きな岩があるのに気づいた。

海岸線から100mくらいのところにあり、その岩の塊をよくみると、なんとなく「老人」の顔にみえなくもない。


「やったーあれが石老人だ!」

ついにゴールが見えてきたのだ。

急に元気の出たわたしは砂浜に足をとられながらも、「ダダダダー」と「石老人」めざしてダッシュしたのだった。


日本人ひとりの中国日本語教師

石老人を近くで見たがやはり老人には見え無かった・・・・・・・。

でもとにかくこれでゴールと思うと力が抜けて

ヘナヘナとその場に座り込んだのだった・・・・・。


帰りはバスとタクシーでホテルに直行。

あんなに痛い思いをして歩いて行った道を、あっけなく戻ったのでした。得意げ


(終)


見ていただいてありがとうございました。これで「日本人ひとりの中国日本語教師」を終わります。


引越しなどがあり、ネットを一時休止いたします。

また新たなテーマでお会いしたいと思います。では再見!


もう10kmは歩いただろうか。

ずっと歩きっぱなしだったのできのうKスーパーで買ったパンで休憩することに。

Kスーパーはフランス資本のスーパーだが、中国各地に進出している。



日本人ひとりの中国日本語教師


青島市にはジャスコもあるが両店ともいつも人でにぎわっている。

いつもこちらの買い物パワーには驚かされるが、学校のあるS市のアメリカと地元の合弁会社のW店はいつ行ってもがらがらだ。

こちらの流通業界も競争がはげしくなっているようだ。


ここまでは遊歩道が整備されていて気持ちよく歩けたのだった。

とくに木を敷き詰めた木道は歩きやすく、海岸線の絶景を見ながらのウオーキングはおすすめである。


日本人ひとりの中国日本語教師

見晴らしのいいポイントではやはり個人商売で貝のアクセサリーや写真屋、焼きいも売りに似顔絵かきなどなどが、陣取っている。


「このペースだとあと5,6時間もあればゴールできそう」

これが甘い考えだった。

あとでたいへんな目に合うとは・・・・・・・。


日本人ひとりの中国日本語教師

ほぼ20km歩き、中間点にあたる「五・四広場」に着いた。

ここは青島駅からだいぶ遠い所だが青島一の繁華街があるのだ。

海岸線からみると高いビルがあり、世界的企業や行政の建物が近代都市をおもわせる。

ちょっと中に入ってみると歴史を感じさせる?古い住宅や店舗が並んでいて、新旧の建物が区分された街並である。


海の見える一角にテントがならんでいる。

お土産屋さんのようだ。

残念ながら観光地のおみやげやさんである。どこも同じでこれといったものが無く、値段も高い。

歩道のあちこちに大勢いる個人商売がなりたつわけがわかるような気がする。


日本人ひとりの中国日本語教師


広場の奥を進むと北京オリンピックのときの「ヨット会場」あたりに出た。

ここはオリンピックのとき緑の藻が海面をおおいつくし、なかなか競技ができなかったと聞いている。

どでかい聖火トーチが灯台のように立っている。

あのN市で聖火ランナーを見ようと集まった20万人の観衆の大歓声が聞こえてくるようだ。


日本人ひとりの中国日本語教師

ここから先の「石老人」まで歩く者はいないようだ。観光客も見当たらない。

道もだんだん細くなり海からふきあげてくる風も強くなってきた。


このころになると足の裏に出来たマメが水ぶくれして痛くなってきた。

雨がやんでムッとする暑さがやってきた。

この暑さは足を引きずりながら歩いている身にはちょっとこたえるのだった。


青島に行くのも4回目となった。

日本に帰国する際に青島に寄ろうと3日ほど日程をとった。


青島に行ったらぜひ一度やてみたいと思っていた、青島海岸線全行程40kmのウオーキングをいよいよすることになった。

それも1日で決行したい。

バスや車で観光する人は多いが、海岸線全行程を歩くような人は観光客はおろか地元の人でもいないようだ。


時速4kmで歩いて約10時間もあれば1日で実行できるはず。

自分でもゴールできるかどうかわからないがマラソンで42km走ることを考えればなんとかなるだろう。


地図をみると海岸線は遊歩道があるようだが、途中で切れているような気もする。

まあなんとかなるだろうと出発点の「桟橋」にタクシーで着いた。


日本人ひとりの中国日本語教師


あいにくの小雨で歩きにくいが涼しくて助かる。

桟橋は今日も内外の観光客やいちゃつきカップルたちでごったがえしていた。


地図やアクセサリーの立ち売りたちが何人も声かけてくる。

観光客にまけないくらい立ち売り商売人が多いのである。


手すりによりかかって、ボーッと海をながめていようものなら、しらぬまに横に来ていろいろなものを売り込みに来るのだった。


こんなにいっぱいの観光客のなかでゴールの「石老人」まで歩いて行こうなどと考えている者はいないようだ。


しばらく歩くと「魯迅(ろじん)公園」に出た。

この公園は海浜公園で、見晴らしがとてもいい。

ここからみる夕映えは今まで見たなかで一番の夕景だった。

とがったビルの上に夕日が落ちてくるとローソクのように見えるのだった。


日本人ひとりの中国日本語教師

日本人ひとりの中国日本語教師


日本人ひとりの中国日本語教師

公園を抜けると第一海水浴場に出た。

雨のためかきょうは泳いでいる人も少なく、砂浜に点々とするビーチパラソルも寂しそうだった。


日本人ひとりの中国日本語教師

この海岸線は結婚記念写真のメッカである。

カップルたちはあいにくの雨でせっかくの純白のドレスが濡れてしまってたいへんそうだ。


日本人ひとりの中国日本語教師


「でもアツアツカップルたちにはなんでもないか」


わたしにもあんな頃があったのだ・・・・・。べーっだ!