~ココロとカラダをリラックス~ 旅するように暮らす、PBMトレーナー日記 -11ページ目

~ココロとカラダをリラックス~ 旅するように暮らす、PBMトレーナー日記

存在するだけで究極の安心感を手渡す
プレゼンス・ブレイクスルー・メソッド®(PBM)を
首都圏・四国を中心にお伝えしています。

リンク 師匠が街にやってきた 〜講演会編〜 の続きです。

 

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講演会が終了し、懇親会へ。

会場の名前は「桃源郷」。

 

講演会で初めてリリースされた、荒廃農地再生基金。

荒れた農地を桃源郷に変えようという師匠の未来予想図を汲んだ、三來さんの粋なセレクトです。

 

リンク 荒廃農地再生基金を設立

 
 

 

にしても、ホテルから徒歩1分の立地で

このドンピシャな名前の会場を探し出すって、

ほんとすごい…脱帽ですあせる

 

そしてタケノコも似合いますね!?爆笑

 

 


突き出しは茹でた貝、お刺身にお鍋と

お年頃音譜には嬉しい和食でみなさん箸(とビール)が進んでました。

 
三來さんとの申し送りが終わり、本日のミッション、コンプリートキラキラ
いずみさんと、タケノコ掘り帰りに合流した大島シスターズのひろみちゃんと
3人で乾杯。ビールおいしかった生ビール
 
 
 
アルコールが思いのほか早く回って来たのもあり、
1日を楽しく振り返りつつ、一足早く会場を出ました。
 
 
 
ひとりになってふと、朝の東京駅でお会いした白杖をお持ちの方を思い出しました。
 
山手線のホームから階段を降りたところで、
そこまで案内してくれたらしき女性と別れるところに遭遇したわたし。
 
ここから歩く日曜の東京駅構内で見えないというのは、どれだけ心細く危険が多いことか。
見えたって怖いし苦手だよ、わたし。
 
聞けば一番遠い京葉線に乗り換えるというので、
ホームまでご一緒させていただきました。
師匠の到着時間までかなり余裕を持っていずみさんと待ち合わせしててよかった。
 
 
推定20代、話しぶりから聡明な印象の好青年で、
肘のあたりに軽く触れてもらって歩きながら、いろんな話をしました。
子供が6年生でね、って話をすれば、だーいたいのわたしの年齢も
言わずもがな、わかるってもんです(笑)
 
 
で、どれだけ辺りに気を配って歩いていても、
急にトリッキーな動きをする人って、いますよね。
 
事前に言わずに急に立ち止まると、その全盲の方、
一瞬で凍り付いたように緊張するのがよくわかりました。
 
ああ、一緒についていながら、怖い思いさせちゃってごめんなさい、
でも誰かが一緒にいなかったら、おそらくずっとそうやって
果てしなく遠い京葉線ホームまで緊張して歩いてたんだよね…
せっかくお友達に会うのに、その前に疲れちゃうよね。
頼りないナビだったとは思うけど、誰かと一緒に歩くことで
少しでも負担を軽くすることができていたならいいな。
 
 
その後でお出迎えした師匠。
 
ゴーリキマリンビレッジのいくさん曰く
「お母さんに捕まった6年生のたかしくんみたい!」
例えが秀逸すぎる・・・爆笑爆笑爆笑
 
 
 
みなさんと合流するまでのわずかの間だけだけど、
いずみねーさんと2人っきりで話する時間にしてもらいたくて、
わたしは少し後ろから離れて歩いていました。
 
 
 
それで気がついたのです。
 
師匠は東京駅の人混みでも全く人にぶつからない。
まるで群れの魚か鳥のよう。
 
 
そうか
 
このお方は常にそうやって生きているんだ
 
自分の気配を消して周りを感じて
海に潜って魚を獲る時だけでなく
イノシシと対峙して仕留める時だけでなく
 
種としての上下強弱に関わらず
自然界の掟に従う覚悟と謙虚さとを携えて
 
目で見てるんじゃない
全身で察知してるんだ 野生動物のように
 
 
だから野人、か・・・
 
 
 
 
 
それは
犬を従えて暗くなるまで野山を駆け巡った少年が
型を持たない格闘家の青年になり
東シナ海流の激流を生き延びた船長として
ヤマハ合歓の里マリーナの総支配人として
世俗で生きることを選び会社を興した社長としての
幾層もの生き様から抽出される航路なのかもしれないし、
ブログにも写真にも残されていない、
ただカラダのどこかが覚えている記憶なのかもしれない。
 
 
そんな師匠の生き様そのものから誕生した、協生農法。
 
 
 
おいそれと、頭で薄っぺらく理解できるわけはないのだ。
 
 
起点が違うんじゃ、起点が!とぶった斬られようとも
世界的物理学博士が瞬時に全貌を理解しようとも
こっちは至ってどこにでもいる、論理的理解力に乏しい文系感性女子。
 
そんなに簡単に常識を覆すようなぶっ飛んだ理論が、
すんなりわかってたまるかい。
属性が違うんだもん。
 
 
わたしはそこから開き直って始めないと、
「なんとなくわかったつもり」の生ぬるさからは抜けられない。
 
伊勢に通い続けた昨年、何かが必要な気がしていたけど
間合いに入って一撃玉砕、ゲームオーバーになっても
わからないものはわからないと言い続ける覚悟
だったのかもしれないな。 
 
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最後に1枚だけ撮っていただいた、
師匠とココロの姉いずみさんとの写真。
電車で眺めながら、いつものように体感を丁寧にたどっていくと、
普段は感じない耳の下あたりの軽い疲れと、
ぼんのくぼ辺りからあごにかけてのすこーんと抜けた脱力感。
 
 
そうか
わたし、ずっと笑ってたんだ。
 
 
 
 
 
もう少しだけ続きます。