建吉さんを送った冬のこと③ の続きです。
建吉さんが亡くなる前日の午後、
みね子さんはいよいよだと感じたのか、
写真集の編集長をしてくださった方を
お呼びして、小一時間ほど、
建吉さんの部屋でみね子さん、わたしと3人で
話していました。
末期の肝臓がんでは意識が朦朧として
昏睡状態になることもあるようですが、
建吉さんに限っていえば、眠っていることはあっても
意識が混濁している様子はあまり感じられなかった。
少なくとも編集長さんがいらしていた小一時間ほどは
頭まで布団をかぶって
背中を向けていたけれど
目を見開いていたのをわたしは知っています。
ひとはいつ、自分の残り時間を正確に知るのだろう
という問いが、
あの日からずっとあります。
病院ではもう手の施しようがない、と自宅に戻ってから
息子氏の、子どもの根源的な生きるパワーに巻き込まれて
建吉さんは自分の置かれた状況を
もしかして忘れてたんじゃないか
そして、あの訪問がきっかけで
自分の持ち時間が本当に、あとわずかなんだと悟った(思い出した?)ような気がしてならない。
確かめようもないけれど
お線香あげるたびに、ほんとはどーだったの?と
聞いてみたくなるのです。
建吉さんを送った冬のこと⑤ に続きます。