違法薬物
のりPや押尾学の違法薬物事件。
当然、情報番組の司会者やコメンテーターは、それに関してのコメントをするわけだが・・・・、
そのコトナカレ論調には辟易する。
違法薬物を使用する人間は、その恐ろしさを知らなくて使用するのだろうか?
もちろん軽い気持ちから始め、それが徐々にエスカレートし依存症になる、というパターンも多いのだろう。
過去に依存症になった経験から、その恐怖を語る人も、よくテレビに出演する。
ただ、もしかすると、その一方で、常用しながらも生活に大きな支障をきたすことなく暮らしてる人も居るかもしれない。
いや、これは、あくまで推測なんだけど・・・・・。
しかし、こうした推測の余地を完全に拭うには、僕が有してる知識だけでは無理がある。
また、世の中には自殺する人も多いわけで・・・・・、自暴自棄から薬に手を出す人に、その恐ろしさを訴えたところで、
果たして効果があるだろうか?
ともあれ、
「絶対に駄目」とか「こんなに恐ろしいんだよ」とかのキャンペーン文句は耳にタコが出来るくらい聞いているわけで・・・・・、
それでもなお薬に手を出す人が増えているという現状や理由をこそ直視する必要があるのではないだろうか。
某情報番組で、尾木直樹さん(教育評論家)の意見が紹介された。
尾木さんの主張は、これまでのような薬の恐怖を訴えるだけのキャンペーンや教育では効果がなく、
アメリカなどでなされている、薬に関しての正しい知識の教授と、自己肯定感を育む教育の2つが必要なのだというもの。
これは、「正しい知識」に関しても教授・提供されていない日本の現状があるという主張なのだと思う。
が、それはさて置き、主眼は自己肯定感を育む教育だろう。
僕は尾木さんの慧眼に感心した。
それを取り上げる番組の制作者にも感心した。
が、しかし、某めぐまれた司会者は、この尾木さんの主張を受けて、頓珍漢な感想や意見を述べ始めた。
「駄目だ」という押し付けだけでは子供は反抗したりもするので、
「こんなに怖いんだよ」というような優しい言葉での説得が大切なんでしょうね・・・・・、みたいな・・・・・。
おいおいおい、元の木阿弥かよ。
尾木さんの話が全く理解できてなかったのか・・・・・、それとも・・・・・、自分達の姿勢も批判されたわけで・・・・・・、
それを素直に受け入れられず、誤魔化すようなコメントをしたのか・・・・・・・・。
別の某情報番組の某おもいきった司会者は、
われわれの報道は、悪知恵をも提供していることになるので一抹の不安があるんですけれども・・・・・、みたいな・・・・。
こうした人たちは、要するに、
自分と子供、自分と国民、自分と他者、を差別しているんだと思う。
自分は信用するが他人は信用しない、という考えなんだと思う。
自分は賢く他人は愚かだと思っているんだと思う。
無意識に、無邪気に、善意さえ宿しながら・・・・・。
小学生が携帯電話を所持することを禁止する大人とかも同じだよね。
子供部屋を与えない住育の人とかも同じだよね。
僕は、こうした大人の態度が、いかに子供の「自己肯定感」を阻害しているか・・・・・・・・、
計り知れないと思う。
疑うな、信用しろ、とは言わない。
ただ、差別はするな。
自分を信用する程度には、他者をも信用しようではないか。
他者を疑う程度には、自分をも疑おうではないか。