ネットサーフィンをしていると、
『不完全は素晴らしい』というキーワードが目にとまりました。

なぜか納得してしまいました。

■理由その1■
かつて私は超最低な人間でした
完全にできない自分や他人に不満を感じていました。

誰の言葉か忘れましたが
『不幸な人間は他人を許せない人間である。』
『幸福な人間は他人を許せる人間である。』
こんな言葉だったかと思います。

不完全でいいのだと思った瞬間、自分も他人も許せてしまうんですね。

私の場合は
”できなくてもいいんだ。(少しずつできるようになればいいんだ)”
”他人が自分の求めている行動をとっていなくてもいいんだ”
”他人が自分の意のままにならなくてもいいんだ”

と考えることで、少しずつ自分や他人を許せるようになりました。
許せるということは、心がそれだけ軽くなるのです。
結果、そのぶん幸せになりました。

■理由その2■
不完全のおかげで、満足しないからです。
昨日も同じことを書きましたが、
私の場合、満足をすると成長することをやめてしまうのです。

不完全だから、より完全に近づく挑戦をする。
その結果、自発的に成長しようとするので良い結果が生まれる。

もし完全だったら、そこで成長が止まってしまうということなんですね。
挑戦しないし、成長しないし、選択もしない訳です。

■理由その3■
不完全のおかげで、完全にするための行動が必要になってくるので

必然的にやりたいことがたくさんでてきます。

それは幸せなことだと思います。

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今、とても楽な気持ちでいます。



今こうして記事を書いていますが、

最初はやっつけで書いて記事を公開しています。(不完全な記事を公開している)

そして、見直して編集して公開して、また見直して編集して公開してを

繰り返しています。まあ、プレビューでもいいんでしょうが。

そうすると、記事を完全なものに仕上げてから

公開するより時間が短縮できるような気がします。

なので、時間管理の観点からも 『不完全は素晴らしいと』言えるのではないでしょうか?


ありがとうございました。